
篝火舎心亭宗匠のうんちく話、今回は「老舗(しにせ)」についてご紹介しましょう。
老舗というのは、何代も続いたナンバーワンブランドのことでしょう。創業創立から100年、200年。長い間にいくつもの荒波を乗り越えてきた。それにはたぶん、さまざまなレベルでの革新が必要だったに違いありません。老舗の伝統というのは、革新を続けた伝統といってもいいでしょうね。
よく耳にする老舗のイメージは、景気がよいからと有頂天になって、跳んだり跳ねたりはしない。だから、うま味も小さいが思惑ハズレの後遺症もない。つまり何事も手堅い、地道だ。というものではないでしょうか。
ところが当の老舗の何代目という人たちに聞くと、「どういたしまして」というんですね。老舗といえども、「時代を読む目」と、それについていく「柔軟さ」がなければ、とても生き残れない、というのです。世の中の揺らぎを恐れて逃げ回っているだけでは「暖簾(のれん)は守れません」。時代に対して積極的に立ち向かい、革新していくことが鉄則、というわけです。
老舗に学ぶことは多いんじゃないでしょうか。歴史の積み重ねの中で時代にもまれ、洗い上げられた英知の結晶が残っていますからね。たとえば、私たちが逆境にあるとき、過去を振り返って、そこからなんとか抜け出そうと努力します。そのときに「お手本」があったらなぁと思いますが、老舗にはそのための何かがあるといえましょう。 だいたい不況になると歴史ものがはやるというのも、それに違いありません。
ところで、老舗と書いてなぜ「しにせ」と読むのか、ご存じですか。私は不思議に思って、ずいぶん昔に辞書をひいてみたことがあります。そうしたら、老舗は当て字なんですね。語源は、「仕似」、「為似」だそうです。「まねる」こと、「続ける」こととありました。
し(て)似せることが物事の基本…。そういえば子供のしつけも、ビジネスの教育も、はじめはたしかに「してみせて」から、繰り返し習わせますね。まさしく似せること、続けることで育っていくというわけです。
はじめのうちはまるごとの真似であっても、基本が手の内に入ると、自分で工夫することができるようになる、先人の技を伝承した上で、さらに洗い上げていくという段階ですね。
もともと日本には、特に詩歌の世界で「本歌取り」という概念がありました。新古今集(1200年ごろ)の時代がいちばん盛んだったようですが、有名ですぐれた歌や文章の、ことば、発想、趣向などを積極的に採り入れて自分のものにして仕上げるというものです。今日いわれる剽窃(ひょうせつ)、盗作とは紙一重の場合もありましょうから、そう気安く乱用することは許されませんが、これも「仕似せて」磨き上げるということにほかなりません。
実は今から600年も前、このことを明快に指摘している世界がありました。能楽です。
観阿弥が猿楽能を大成したとされるのは、1300年代の末。伊賀に生まれて、大和に観世座を開き、当時、大和猿楽四座の筆頭でした。ぬきんでて大きな勢力を持っていたんですね。
その業績を、観阿弥の子、世阿弥がまとめたのが、「風姿花伝(ふうしかでん)」、いわゆる「花伝書」です。能楽の本ですが、芸術論にもなっています。そこでは、「万物の品々をよくしにせる」ことがたいせつだと説いているんですね。
いうまでもなく、芸事の修業のほとんどは「真似」です。ただ面白いことに、真似がうまければ上達は早いのですが、うますぎると真似に止まってしまって、その人なりの「風」が生まれにくいようです。
風とは個性です。老舗にはその「風」と「風格」がありますね。
(更新日:2007年02月14日)
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