
静岡県熱海市の上多賀は、にぎやかな温泉街からは少し離れたのどかな土地だ。陶芸家、望月士(まこと)さんはここで自宅と陶房をかまえ、妻の明美さんとふたりで暮らしている。目の前には相模湾が広がり、反対側に視線を移すと山の斜面にみかん畑が続く。訪れると、その美しい景色とすぐ横を流れる清流の心地よい音が出迎えてくれた。
「友人に案内されて、初めてこの場所に来たとき、ここだ、とすぐに感じました」と語る士さん。「ここには海も山もある。脇には川も流れていて、山間なのに日当たりもよかったんです。妻も私も、即座に心は決まりました」と、訪れた日の感動を教えてくれた。
家は2階建てで1階が士さんの仕事場、2階が住居になっている。庭には川にせり出すように作ったデッキテラスと、茶室、小さな畑。山間の景色に溶け込むような風情がある。東京で10年間、グラフィックデザイナーとして働いていた士さんにとって、今までの「渇き」を満たしてくれるような「潤い」がここにはある。
ここに移り住んだのは、士さんが30歳を目前にし、病気で10カ月間入院したのがきっかけだった。それまでは忙しく働いていたが、入院生活が生き方を見直すチャンスとなった。「東京という都会の暮らしに渇きを感じはじめた頃でもありました。地べたに足をついて生活したいと思ったんです」と士さん。夫の多忙な毎日をそばで見守っていた妻の明美さんも、新しい生活へと背中を押してくれたという。そして退院後に陶芸家を志し、瀬戸での5年間の修業時代を経て、この地に移り住んだ。



最初に陶房を建て、そのあと住居を増築し、1987年から本格的に生活をはじめた。水は川の水をくみ上げて使い、電気はソーラー発電システムを利用、野菜は畑で手作りをするという、東京の生活からは考えられない暮らしが始まった。
「ここに移り住んでから、自然にこういうライフスタイルに落ちつきました。そもそも川の水を使い始めたのは、水道が通っていなかったからなんです。すぐ横にきれいな川が流れているので、これを使えるんじゃないかと思いついて」と士さん。地元の人や業者に相談し、川の水をポンプでくみ上げて使えるようにした。「大雨による増水時には、くみ上げを止めても、タンクにある1トンの蓄えでなんとかなります」と明美さんも笑顔。
2003年にソーラー発電システムを取りつけたのは、明美さんのアイデアだ。「とても日当たりがいいから、お日様の光を使わないのはもったいないと前々から感じていたんです」
冬に広い工房を暖めるのには、薪(まき)ストーブを使っている。薪は向かいの山にたくさん落ちているらしく、こちらもあるものを利用しない手はない、という思いから始まったのだという。

明美さんが野菜や花を育てはじめたのも、畑を使わないかといってくれる人がいたからだ。農業はまったくの未経験だったが、実際に始めてみて好きだと気がついた。「ここで暮らしていると、あるものを利用することを覚えるんです。以前は思いもしなかったことを自然に覚えて、しかも自分たちに合っていると感じることが多いですね」。薪ストーブで十分に暖まった部屋でコーヒーを飲みながら、士さんと明美さんはうなずきあう。

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