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私は立教セカンドステージ大学で「生涯現役という生き方―文学とアートにみる―」という科目を担当し、大器晩成型の作家やアーティストの活躍ぶりを紹介しています。実際の作品を見てもらうため、関東近辺の美術館へ出かけることもあります。受講生の中には海外駐在経験者もいますが、私が紹介するちょっとマイナーなアートの世界について「存在は知っていたけれど、ここまで奥深いとは思わなかった」と話していました。見学した作品を積極的に好きにならなくてもいいんです。「この作品の良さがわかったわけではないけれど、そういう世界があることを知ることができてうれしい」と言った人がいたのですが、それが貴重。知らなかったことだけど、じっくり時間をかけてつきあってみる。それが教養を身につけるということだと思います。
受講生たちはとても熱心です。個に目覚めると先ほど言いましたが、まさにその言葉通り。入学当初は組織の人間の風貌だったのに、数カ月過ぎたあたりから学生顔になり、余裕や豊かさを感じさせる表情になっていきます。60歳を過ぎて学生っぽくなるって素晴らしいことです。
ただ、セカンドステージ大学という名前について、受講生にはそれを意識せず、ただの学生に戻って学んでほしいと話しています。世代の違いによって学び方、受けとめ方は違うかもしれない。でも、本来「学び」は普遍的なものであって、つかむべき得心、メッセージは18歳も60歳も変わらないからです。自らヘンに年齢を意識して制限をつけないことも、より「学び」を楽しむ術だと思います。

受講生のほとんどが、立教セカンドステージ大学へ通うのが楽しいと言っています。その理由の一つに、人との出会いがあるようです。家で一人で勉強したり本を読んだりすることはできる。でも、大学では学ぶだけでなく、様々な人と出会うことができます。出会いによって刺激を受け、それが新たな好奇心につながっているわけです。そもそも好奇心は、人とのつながりがないと芽生えないし、育っていかないもの。学校へ行く意義はまさにそこにあるといっても過言ではないでしょう。
実際、この出会いを有効に活用すべく、グループで勉強会や読書会を始めている方々もいます。互いに刺激しあうことで、何かに挑戦したくなる、そんなエネルギーが受講生たちに沸々と湧きあがっているのを感じます。
私も60歳になりますが、まだまだ迷いの連続なので「これからどう生きていくべきか」は受講生に聞きたいぐらい(笑い)。でも、こうして大学で学生のみなさんとともに学び続けている限り、好奇心だけは尽きることがないだろうな、と。それだけは確信しています。
(聞き手:井上理江 写真:安藤由華)
アメリカ文学者、文芸評論家。立教大学文学部、文学科文芸・思想専修、文学研究科比較文明学専攻教授。1972年東京教育大学文学部アメリカ文学科卒。東京都立大学人文科学研究科英文学専攻修士課程修了後、明治大学専任講師、助教授、東京都立大学助教授を経て、92年4月より立教大学文学部英米文学科教授に。06年4月より現職。著書に「白い鯨のなかへ―メルヴィルの世界」「アイロンをかける青年―村上春樹とアメリカ」など。「小島信夫―ファルスの複層」で群像新人文学賞受賞。翻訳にメルヴィルの「白鯨(上・下)」がある。

(更新日:2009年12月24日)
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