宮島駅前商店会の勉強会をきっかけにスタートした有志グループ「かみきど倶楽部」が発足して今年で3年。もちろん小椋さんもその一員だ。かみきどとは「神城戸」。神域を守る戸口だ。
「宮島の歴史的建造物や自然、文化を、僕たちが守り抜く意味をこめてつけました。火・水・木・土の4文字もあてはまり、何やら地球生成のイメージも感じられる。食べ物、やきもの、土地…すべてを表わします」
かみきど倶楽部自体では具体的な行動を起こすことはない。あくまでも自分たちで学び、提案するための会だ。
「決して利権に走らず、文化イベントや物産の提案を通して、宮島口を訪れる人をいかにもてなし、町を活性化させるかを考えるのが目的です」

これまで、地元の公民館の画廊で絵画展を開いた。宮島伝統のやきもので灯篭(とうろう)を作り、週末の晩に100個ほどを路上に灯(とも)すこともはじめた。名物「もみじまんじゅう」の大型版「デカもみじ」も提案し、すでに商品化された。土蔵を使った平家琵琶や篠笛のコンサートも数回。今年は宮島弘法大師開基1200年祭のイベントへの提言も進めている。町並み再構成のランドスケープデザインについても、市主体で少しずつ実現に向けて動きはじめた。「今は一介の老人ですから」と言う小椋さんだが、その発想と行動力は、町を変えていく。

3年ほど前から、俳人の母に抵抗があって避けていた俳句を詠みはじめた。毎日、1時間で6句詠むことを自らに課す。
「やってみたらおもしろくて。93歳になる母には、最初はひた隠ししてましたが・・・」
手帳にもパソコンにも、自作は大量にストックされている。今年、3人目の孫が誕生した宮島の管弦祭の日には、<潮満ちて御座舟三度巡りたる>の句も。今は俳句が趣味?
「いまだ無趣味なんですよ。カミサンにも昔から、好きなことばかりしてきて、僕の仕事は道楽、自分が楽しむためにやってると言われてる。僕自身は、取り返しのつかない思いばかりなんですが・・・」
棚にはってあった一句<辣韮(らっきょう)の曲がりて同じものあらず>。らっきょう漬けを仕込んだ日に詠んだそうだ。そのらっきょうとは、若い日、無人島でふれた砂と星、そして小椋さん自身である。


壁にはった絵は、数年前、敷地にあらわれたつがいのタヌキを描いた。今では、生まれた子ダヌキも成長していつも子連れで庭を通る。小椋さんとはアイコンタクトを取るほどに認め合う仲になったとか。

小椋 春平(おぐら・しゅんぺい)
1936年東京都生まれ。少年期を広島で過ごし、市内の公立高校卒業後、イラストやデザインに携わりながら商社での仕事も経験する。その後1965年からマツダの宣伝広報の仕事に参画。東京と広島複数のデザイン会社の主管としてPR誌の編集、企業広告分野のCIなどに取り組んできた。また、各地の「まちづくり」プロジェクトにも参加。10年前にリタイヤしてからは、宮島の「まちおこし」の水先案内となっている。

文 :秋川 ゆか
写真:川崎 太郎
(更新日:2006年08月31日)
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