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シンプルライフ

Vol.07 会社員からの大転身 夫婦で始めた「都会の農業」 荒井たかしさん・静江さんを訪ねて

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トップ営業を辞しての農業

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見た目の楽しさも考えた無人の直売コーナー

都心部をわずかに離れた東京都武蔵野市。通勤通学の昇降客で込みあうJR駅を出て、2分ほどの場所に、歩道に向けて野菜を並べた小さなコーナーがある。ナス200円、空心菜(くうしんさい)150円、つるむらさき150円、栗200円……。楽しげなプレートを掲げたそばに売り手の姿はない。買う時は置いてある木箱に自分でお金を入れるしくみ。荒井たかしさん・静江さん夫婦の庭先販売所だ。通る人は次々に足を止め、収穫したての新鮮野菜を選んでいく。

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畑には背丈を超えるナスの大樹が

野菜を作るようになったのは5年前。それまでは農業には無縁の暮らしだった。たかしさんは外資系コンピュータメーカーの営業職、静江さんは電機メーカーの設計エンジニア。2人の娘を育てながらも互いに仕事は多忙で、残業は毎日のこと。年間に国内外200日もの出張に飛び回ってはいても、たかしさんにとってはやりがいの多い充実した日々だったという。40歳の時には日本でのトップセールスを記録し、海外のリゾートを舞台にした表彰パーティ―にも招かれた。

最初に畑を始めたのは静江さんだった。過労で体調を崩して入院し、同時に仕事への限界を感じて退職。知人の勧めで近隣の援農ボランティアに参加しながら、JR駅近くに残る実家の農地に少しずつ種をまき、苗を植えていった。

「子供のころは農業が嫌だったから工学部に進んだはずなのに、歳と共に無性に土に触れたくなったんです」

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野菜に添えるプレートもすべて手作り

作った野菜は出荷するほどの量はなく、実家の門前で販売することにした。すると、買った人がちょくちょく声をかけてくれる。おいしかったよ。今日は何があるの? そんな反応がなんともうれしい。採りたての野菜は自宅の食卓にも並び、家族を喜ばせた。

そうして静江さんが少しずつ手応えを感じ始めたころ、たかしさんが勤めるメーカーでは、企業合併にともなう早期退職者の募集が始まった。

「会社でやるべきことは十分にやりきった。当時は42歳で、人生の折り返し点としてもちょうどいい。迷いはありませんでした」

たかしさんもまた、妻と一緒に農地を耕す道を選択した。

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