会社勤めをしていたころは、深夜の帰宅もめずらしくなかった2人だが、今では起床は朝の5時前。6時半には車で5分ほどの自宅から畑へと出掛け、午前中に収穫を済ませると、日が落ちるまで農作業が続く。
雨の日と日曜は休みと決めていた。しかし1年前に、販売所の人気に気づいた駅前の大手スーパーが、直接仕入れを申し入れ、「採れたら持ち込む」という契約になった。無人販売プラススーパーでの販売で収入はより安定した形だが、わずかな農閑期(のうかんき)を除いて、休みはすっかりなくなった。
たかしさんは毎晩、畑から戻ると作付けや販売の記録をパソコンに入れ、その日の収穫で家族の食事を作る。
「料理は私よりずっと上手。夕食はいつも任せてます」と静江さん。かつて、家でいられる時間が少なかった頃、わずかなひとときでも家族が密に過ごせるようにと設計を依頼した、キッチン中心のLDKが、今も一家4人のだんらんの場だ。

食事を終え、ビールの一杯も飲めば8時過ぎには就寝。このサイクルが毎日続き、春から夏にかけては数カ月も働きづめとなる。
「忙しいという点では、会社員時代と変わらないかもしれません。でも農業は、手をかけた分、そのまま結果に結びつく。メーカーもマーケティングも営業も全部自分ですから、そこがおもしろい」とたかしさん。静江さんも「今は文字通り地に足がついた暮らし。体が動くかぎりずっとやれる仕事です。都会の農地を残していくことの大切さを伝えていければうれしい」と話す。

地方の農業地域と違い、都会ではすぐそこに消費者がいる。人通りの多い駅近くに畑を借りられた荒井さん夫婦が、条件的に恵まれていたのは確かだ。しかし、耕作に踏み切ることがなければ、使われなくなった農地はやがて商業地や宅地に飲み込まれていき、地域の住人も採りたての野菜のおいしさを知ることもなかっただろう。
最近、販売所では、手作りのパンやジャム、花苗などを売る人々が集まる、グリーンエコマーケットという催しも始まった。毎週土曜の開催日は、ちょっとしたお祭りの風情だ。
2人が始めた野菜作りをきっかけに、農と食を通じた地域交流は広がっていく。


会社勤めのころは車が趣味だったというたかしさん。今もガレージにはフォルクスワーゲンゴルフとボルボが。農業を始めた当初は愛車で野菜を運んでいたが、搭載量の問題で結局は軽のワゴンを中古で購入。ボルボは農閑期まで休養中だ。

荒井 たかし(あらい・たかし)
1959年東京都生まれ。工学部で学んだのち、外資系コンピュータメーカーの営業職を勤め、企業合併を機に離職。現在は妻の静江さんの実家の農地を借り、夫婦で農業にいそしむ。静江さんも、同じ大学の工学部出身。大手電機メーカーの技術職を経て、農業をはじめた。娘ふたりとの4人暮らし。

文 :秋川 ゆか
写真:長尾 浩之
(更新日:2006年09月14日)
※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。