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シンプルライフ

Vol.08 彫刻の道から陶芸へ 現代の「暮らしの器」を提案する 安藤雅信さんを訪ねて

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美術、音楽、そしてインドの旅

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外周は雑木林。カブトムシが集まる木もある

多治見の陶器卸業の家に生まれた雅信さんだが、青少年期は器作りに携わる気はまるでなかったのだという。希望の進路は美術か音楽。

「音大進学も考えたんですが、好きなのはロックやジャズで、クラシックはどうも向いてない。で、美術の道に進もうと思ったんです」

一浪して東京の美術大学の彫刻科へ。70年代のサブカルチャーに引かれ続けてきた少年にとっては、東京は憧(あこが)れの地だった。ところが入学早々に教授と反目しあうことに……。

「かぶってた帽子を取れ取らないがきっかけなんですが。美術とは自由を表現するものでしょ。もともとヘソ曲がりなのが、それですっかり反骨に行っちゃった」

それからは、学業よりむしろジャズ研究会でのバンド活動に打ち込む日々。卒業後も、アルバイトや絵画塾などで食いつなぎながらバンドを続けた。なんとか音楽で生活していけないものか。

「でも1年ほどであきらめました。基礎がないままやっていても限界があるのに気づいたんですね」

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2階の常設コーナーには雅信さんの器も

多治見に戻り、焼きものの専門学校に通った。田舎でバンドを組むのは難しいが、美術ならひとりでもできる。大学で学んだ彫刻のベースもある。やがて日本陶芸展にも入賞。陶を素材にした現代アートの道は、順風満帆にスタートしたかに思えた。ところが5年が過ぎた30歳の時、スランプに陥る。

「時流とかコンセプトとかを考え込み、何も作れなくなってしまって。そんな時、読んだ本に、インドにカオスがあるという言葉があった」

雅信さんはインドへ行った。安宿に泊りながら各地を歩き、ダラムサラでチベット仏教を修業する人々に会った。そこでカオスを見に来たと話すと、そんなものはないと言う。疑問を感じながら、しばらく共に過ごし学ぶうち、ある日ふと気づいた。

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裏千家茶道は20代から続けている

「カオスとは自分の頭の中で勝手に作り出したものなんだ、と。すると、そこからいろんなことが鮮明になってきた。因果応報、仕事の行き詰まりも、自分自身に有名になりたいという欲があったからだと理解できたんです」

8ヵ月の旅から戻ってからは、来る仕事はすべて引き受けることにした。贈答用の花器、陶壁、駐車場のサイン……。それでも結婚後は、年収10万円という年もあった。観念して実家の仕事を継ぎ、昼は家業、夜に土をひねる暮らしになった。そんな生活の中で、少しずつ見えてくるものがあった。

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