床下のアトリエで客人たちが土をこねている間、キッチンでも何かをこねる音がする。治子さんと風子さんが練っているのは、黄色味をおびた小麦粉のかたまり。遅い昼食用の手打ちパスタだ。
「そろそろ、食事の用意を始めますよー」
呼び掛ける声に、皆がアトリエを出てくる。友人のひとりはコンロの前へ。サラダの野菜を切り、パスタの具をそろえる。別のひとりは食卓の準備。悟さんはワインを開け、グラスを並べる。
「僕も料理はうまいんですよ」。煮物も魚料理もお手のもの。暮れになるとシャケを一尾おろして、氷頭(ひず)なますも作る。「でも今回はイタリアンの名人が来てくれたからね。そういう日は僕は裏方です」

名人がありあわせの材料で手際よくパスタを炒める。治子さんは朝から煮込んでおいたチキンを盛り付ける。8人のテーブルは、またたく間にちょっとしたパーティの様相だ。今日のメニューは2種の手打ちパスタとチキンのクリーム煮、ニース風サラダ。手作りの器が料理を引き立てる。
「多い時は16人くらい集まることもあるけど、いつも手分けして働くから、さほど大変でもないの」と治子さん。
食事の準備や片付けは全員で分担、材料費は割り勘、帰る時の掃除も共同作業、というのがこの別荘のルール。気兼ねなく泊まりに来てもらうための、さりげない配慮だ。

主婦として家を支えてきた治子さんも、もちろん料理は得意。今は懐石料理を習っている。子供が小さいころからポプリやフラワーアレンジメント、なげ入れを学び、10年程前から花の仕事をしている。
「娘たちが手を離れてからは、やりたいことがどんどん増えて」。でも、人生も後半に入ったこれからは少しずつ削ぎ落とし、本当に好きなことだけをしていきたいと言う。最後まで残っていくのは何だろう。たぶん、こうして共に過ごせる友人関係なんじゃないかしら」
にぎやかな食卓の2本目のワインが空になるころ、悟さんがとっておきの果実酒を出してきた。山ブドウ、ズミ、コクワ……山で採れた木の実をつけたものだ。「松ボックリがまた、意外においしいんだよ」。「去年の山ブドウもいいね」。グラスを重ねるたび、会話も弾む。
気がつくと、窓の外は一面の夕焼け。ほんのりとした酔いにくつろぎながら、友と語らう穏やかな時間が続いていく。


部屋の隅に並べられた小枝をよく見ると、なんと女性の姿。これは悟さんが手すさびに彫ったピックなのだとか。直径は太い部分でも1センチに満たない。自然のままの枝を生かして作った品は、他にもスプーンや鎖などいろいろ。この表現の細かさは感嘆ものだ。

斎藤悟(さいとう・さとる)
1950年東京都生まれ。一級建築事務所ウェイクを主宰。建築デザイナーとして、店舗や住宅の設計の他、グラフィックやプロダクトデザインも広く手掛ける。祖父の代からの建築家一家に生まれ、小学生のころから肥後守を片手に、家の模型を作ったり木を削って遊ぶのが常だった。妻の治子さんも東京生まれ。都心の住まいに、現在は夫婦2人で暮らす。

文 :秋川 ゆか
写真:長尾 浩之
(更新日:2006年11月02日)
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