落合煦彦(あつひこ)さんに出会ったのは、たまたま三浦半島の海辺を歩いていた時だった。
砂浜に置かれていたのは、不思議な形をした小さな舟。2つの胴をつなげてあり、真ん中に白い帆がはためいている。帆を支えている柱は、切ったままの竹だ。胴の部分は公園の池に浮かぶ遊戯用のボートよりなお狭く、オールはついてはいるが、どこに乗ればよいのかよくわからない。

「どうやって漕(こ)ぐものなんでしょう。」と、そばにいた男性に疑問をぶつけると、「これは、漕ぐものではなくて、ヨットですよ。風を受けて走るんです」と、答えが返ってきた。その男性が落合さんだった。 よく見ると、胴を止める金属部のあちこちに「ボルト」や「前」などと手書きされた文字が見える。
「自分で作りました。丸2年かかりましたけれどね」
「カタマラン」とも呼ばれる双胴型ヨットだそうだ。話しながら落合さんは、妻の早苗(さなえ)さんと共に昼食のおにぎりの包みを広げ、水平線の先を見ている。よい風がやって来るのを待っているのだという。やがて風が変わった。手作りのカタマランを海に押し出し、落合さんが乗り込む。舟はみるみる入江の中心へと滑り出す。青空の下、自在に帆を操り、右へ左へとなめらかに水面を進む様子は、なんとも気持ちよさそうだ。
落合さんはもともと「海の男」というわけではない。ヨットはリタイア後に始めた趣味だ。住んでいるのも、この浜まで1時間以上かかる丘陵地。年に5回〜6回、風のいい晴れた日を選んで、早苗さんとともに、この穏やかな入江を訪れる。夫が波の上でヨットを操る間、ふだんは仕事で多忙な早苗さんも、海を眺め、静かな休日を楽しむ。
海に出るのはたいてい1、2時間。まだ日の高いうちに浜に上がると、片付けがはじまる。帆を下ろし、ロープをほどき、双胴をつなぐボルトをはずす。なんとこのカタマラン、組み立て式なのだ。すっかり分解して、ワゴン車のルーフに固定すれば帰り支度は完了。
「この作業はひとりだと大変。だから、家内が休みの日でないと来られないんですよ」
高速道を走り、2人暮らしの住まいに戻れば、胴や竹竿(ざお)は敷地内の簡易車庫へ。小高い丘のこのアパートに、ヨットが置かれていると気付く人は、たぶん、ほとんどいない。

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