「リストランテ・ラ・パストラーレ」のもてなしは参加費無料。ゲストには飲み物だけ持参してもらう。年令を重ね、知りあいが増えるにつれ、訪れる人もさまざまな分野に広がっていった。
「年令や国籍が違っても、料理を前にすれば話が弾む。料理はコミュニケーションに最高なんです」
以前、あるドイツ人夫妻を招いた。互いに言葉は通じない。どうするか。考えた末、料理の一品にイカスミとサフラン、トマトの3色でドイツ国旗をイメージしたリゾットを出した。
「とても喜んでくれて、言葉を超えて盛り上がりましたね。最後は日独対抗歌合戦になりました」

実は、音楽は料理と並ぶ吉田家のもうひとつのもてなし。食事が一段落すると佐由子さんの出番だ。居間のピアノに向かい、即興演奏がスタートする。今日の料理のイメージ、楽しい夜の気分……。ゲストたちはグラスを片手に、軽やかに繰り出される音色に耳を傾ける。やがて富一さんが立って譜面を開く。妻のピアノに合わせて歌ってみようと、声楽を習いはじめたのは40歳の時だ。「アメイジング・グレイス」「マティナータ」、朗々とした歌唱が響く。
譜面を見ると、イタリア語の歌詞には、カタカナで読みを書き込んである。
「いまだに歌詞を覚えきれないんですよ。でも、カタカナなら誰でも見ながら歌えるでしょ」

「長続きさせるこつは、気合いを入れすぎないこと」と富一さん。「僕はプロじゃないから、一緒に食べるし飲むし。だから100%完璧な料理を出せるわけじゃない。自分が食べたいと思うものを、いい材料を選んで作り、皆に気楽に味わってもらうのが楽しいんです」
夢はある。いずれ仕事をやめたら、老後はカジュアルな料理店を開けないか。理想の店は、2人で訪ねたベニスの、バーカリと呼ばれる居酒屋。これまで作り上げたオリジナル料理とおいしいワインを出して、皆で楽しく歓談して……。
「でも、材料の質は落とせない人だし、いつも12時過ぎには寝ちゃうし、店にするのは無理じゃないの?」という佐由子さんの言葉に、「理想と現実がなかなかうまく合わないんだよね」
目標は65歳過ぎと言う富一さん。まだ当分は、この田園レストランのもてなしを続けながら、夢の実現を模索する。


キッチンの隅に大切に置かれた箱は? 「これは『トミーの玉手箱』なんです」(佐由子さん)。中身はフランスの塩やイタリアのトリュフエキス、干しボルチーニ茸、ハチミツ、スープキューブ……。旅先で見つけたものやお土産にもらった品など、どれもめずらしい調味料ばかり。材料にこだわる富一さんの宝物だ。


吉田 富一(よしだ・とみかず、さゆこ)
1955年大阪生まれ。子供のころからもの作りが好き。金沢工業大学で工業デザインを学んだ後、コクヨで家具などのデザインに携わる。1990年、デザイン・オフィス・クラフトを設立。オフィスを中心としたインテリア設計を手がける。妻の佐由子さんは、京都育ち。現在はピアノの講師を続けながら、シャンソンやカンツォーネのコンサートの伴奏をしている。夫婦2人暮らし。

文 :秋川 ゆか
写真:伊田 淑乃
(更新日:2007年01月26日)
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