岩上正敏(まさとし)さんの仕事は板前だ。築地の料理店で日々キリリと包丁を握る粋な立ち姿、旬の魚を手早くさばくわざの冴(さ)え……。人気漫画「築地魚河岸三代目」が発端になった店には、全国各地から訪れる客も数多い。そんな人の趣味となると、釣りや陶磁器、食めぐりと、料理に関係するものをついつい想像してしまいがちだ。
ところが自転車なのである。都内の自宅を訪ねると、迎えてくれた岩上さんはまさにバイカーズスタイル。板前姿からは思いもつかないアクティブないでたちだ。
「今日は午前中に118キロ走ってきましたよ。埼玉まで行って、好きなパン屋で朝ごはんを食べてきて、往復6時間くらいかな」
こともなげに言う。6時間も自転車を漕(こ)ぎ続けるとは、まるで苦行のようにも思えるのだが、これが岩上さんにとっては、なによりのストレス解消法なのだ。

愛用のロードバイクは重さ約10キロ。タイヤの幅は25ミリほどの細さだ。完成車を買うのでなく、フレーム、ギア、ホイール、サドルなどひとつひとつのパーツを選んでプロショップで組んでもらう。以前乗っていたものは2度の落車でフレームが壊れ、これは昨年新調したばかりの2台目だ。前の愛車のパーツも利用し、費用は約25万円。確定申告の還付金に期待して、ホイールにはちょっといいものを使った。
見ると、普通の自転車に比べ、サドルはきわめて小ぶりだ。ペダル部分には足を乗せる板はなく、専用シューズの金属部分を引っ掛けて漕ぐ。止めた時に立てておくスタンドもついていない。

「でも一番の違いは乗った時のポジションですね。普通の自転車はサドルに座る感覚ですが、これはサドルと手と足の3点で体を支えるんです」
だから小さなサドルでもお尻は痛くない。そのぶん、背筋はしっかり使う。
「去年は3カ月、毎月トータルで1500から1600キロ走って、体重を7キロ落としました。筋力はついたし、腰痛も緩和されましたよ」
忙しくなった最近は、乗るのは週1回程度。100キロを超える距離を、平均時速20数キロで走る。2月の連休にはサドルの後ろに小さなバッグをつけて、伊豆まで一泊旅行にも出かけたという。今まで最も遠くまで行ったのは河口湖。仲間と共にレースに参加するためだ。到着した日は湖を一周し、晩には皆で酒を酌(く)み交わし、翌日、Mt.富士ヒルクライムレースで見事完走を果たした。
自分と向き合いながら一人走るのも、仲間たちと遠出するのも、今はどちらも楽しい。

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