廣川さん夫婦が暮らす住まいは、なんだか「南国」だ。建物の玄関先には巨大なシャコ貝の貝がら、中に入れば大ぶりの観葉植物がいくつも置かれ、フィジーやタヒチ、バリなど南の島々の布が室内を彩る。熱帯の鳥や魚をかたどる小物。木彫りのテーブル。リビングのあちらこちらに並べた小さな貝がらも、南洋の気分をもりたてる。
「この貝はね、旅先で拾ったり、僕らが好きなのを知っている友人たちがくれたり。どんどん増えてしまうんです」
都内でバーを経営する由紀彦(ゆきひこ)さんの、この日のシャツもどこか南国風。壁を飾るのは、画家である妻のじゅんさんが描く海辺の風景だ。夫婦と大学生の娘2人で住む築30年の借家には、ゆるゆるとした心地よい気配がただよう。この雰囲気に似合う音楽は、オールマンブラザースかザ・バンドか……。

夫婦とも若い時分からの旅好き、音楽好き。
「最近は2人とも少しおとなしくなりましたけどね」とじゅんさん。
まずは旅の話から聞いてみよう。
由紀彦さんは大学を出た後、パリに2年近く暮らした。日本と行き来しながらヨーロッパ各地を旅していたそうだ。
「なにかおもしろい仕事ができないか考えてたんですが、そうもいかなくて。帰国してからは父が経営するパブを手伝ってました」
そのうちにある宝石商に出会い、一緒に仕事をするようになった。オーストラリアの砂漠地帯にあるオパール鉱山に買い付けにも行った。一獲千金を狙う山師が世界中から集まる場。荒っぽくも熱気あふれる環境で、多くの山師たちと友人になったという。そして、20代で独立して銀座で宝石店を経営、さらにパブや、喜多方ラーメンのチェーン店なども手掛けるようになっていった。

一方じゅんさんは、旅を愛する両親のもとで育った。俳優だった父はシルクロード専門。母は辺境であれ都市であれ、どこでも出かける派。およそ120カ国以上を訪れているという。じゅんさん自身 が南国に惹(ひ)かれるようになったのは小学生の時。友人にもらったサンゴのかけらが、見知らぬ海辺への夢をかきたてた。
初めての外国は、中学生の時に行ったハワイ。
「空気の密度が濃くて、花の香りがして、植物も海の色も本当に鮮やか。すごいなと思いました」
絵を描くようになったのは、その驚きを表現したかったからだった。企業に勤め、デザインを担当していた間も、ボーナスが出るたびその足で旅行会社へ。ハワイ、タヒチ、モルディブ、ニューカレドニア、バリ……。島々には、あこがれてやまない濃密なエキゾチズムがあった。

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