5年ほど前までは父や弟とともに数種の飲食店を手広く展開していた由紀彦さんだが、現在、自ら経営するのは自由が丘に開いた小さなバー1軒。
「父が引退し、僕自身もいい歳になってきて、これからどうしようか考えた時、やはり自分の原点はバーかな、と」
若い頃、父のバーを手伝った。かつては海外軍人や新聞記者などを常連客にシェーカーを振るい、アメリカ車を乗り回していた父は憧あこがれの存在だった。
「お客さんが楽しく過ごす顔を見るのが好きなんです。人が集まって幸せそうにしていられる場を作れたらいいなと思って」
2年半前、バー「ココティエ」をオープンした。ココティエとはフランス語で「ヤシの木」。
「ニューカレドニアにココティエ広場という場所があるんです。そこのように、ヤシの木陰でひと休みする雰囲気をめざしました」

店には毎日愛車で通う。アメリカ車好きは父譲り。サンダーバード、ムスタング、ビュイック、チェロキー……とあれこれ乗り継ぎ、今はクライスラーPTクルーザーに落ち着いた。
店は、やはり2人の好きなイメージで統一されている。壁面にじゅんさんの絵。流れる音楽は懐かしい60〜70年代ロックやハワイアン。つまみに出すタコスや、オリジナルのカクテルも、南国の夜を思わせるゆるゆるとした雰囲気にぴったりだ。
「30代半ばのお客さんも多いんですが、皆、僕らが若いころの音楽に興味を持ってくれます」

DVDのモニターでは、ふだんは海辺の画像を流しているが、ときにはライブ映像や音楽映画なども登場する。
「ザ・バンドのラストワルツや、ブエナビスタ・ソシアルクラブもいいですよね。街の風景に出てくる車がまたいい」
店の隅にはギターやバンジョーもある。古い仲間たちが集まり興が乗ると、いつでも即興ライブだ。「パフ」「風に吹かれて」「500マイル」……。
「古くさい曲ばっかりです。でも、今も色あせない」
この店にはほんの時折、じゅんさんもやってくる。カウンターの一角に座り、カクテルと音楽のひとときを楽しむのだ。
「そろそろまた、次の旅に行きたいよね」
本当に好きなものを、その手から離すことなく大切に守り続けてきた夫婦には、そんな会話も決して特別のことではない。


廣川さんのバーで目を引くのは、カウンターにずらりと並んだ小さなびん。これ、すべてタコスやサルサのホットソースだ。海外から取り寄せた品も多く、約50種類近く揃っている。初心者向けの比較的「おいしい」ものから、つま楊枝の先ほどの量で十分に 「痛い」ものまで、辛さもいろいろ。制止を振り切って激辛に挑戦し、苦悶の涙にむせぶ人も多数だとか。ちょっとした名物でもある。

廣川由紀彦(ひろかわ・ゆきひこ)
1952年東京都生まれ。子供のころから音楽に親しむ。学習院大学を卒業しフランスに遊学。帰国して父のバーを手伝ったのち、オーストラリアでオパールの買い付けや鑑定を実地に学ぶ。やがて宝石店、パブ、ラーメン店、焼肉店などを広く経営し、現在は、自由が丘のバー「ココティエ」オーナー。
廣川じゅん(ひろかわ じゅん)
1956年東京都生まれ。東京芸術大学デザイン科を卒業後、大手化粧品会社でパッケージデザインを担当。結婚後はフリーのデザイナーになる。40歳を過ぎ、若いころに描いていた南国の植物や海をテーマに画家として活動。現在は年1回の個展を開催するほか、自宅やカルチャースクールで絵画と造形の教室を開く。

文 :秋川 ゆか
写真:伊田 淑乃
(更新日:2007年05月11日)
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