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Vol.24 創作のかたわら楽しむのは 長年続けた「サーフィン」 松村和之さんを訪ねて

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サーフィンを通じて出会いが広がる

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家の階段はボードとバイク用ヘルメットの定位置

松村さんがサーフィンを始めたのは、比較的遅かった。美大で鍛金(たんきん)を学んでいた学生時代は、走るのは好きだったが、特にスポーツに親しんだわけではなかったという。初めて挑戦したのは20代後半。たまたま友人に誘われたというだけのことだった。

ところが、初日からボードの上にすんなり立つことができた。立てれば波に乗れる。おもしろい。2回目に行く時には、ボードやスーツも友人から譲ってもらっていた。

「大学卒業まであまり遊んでなかったから。ついのめりこんでしまったんですね」

金属を素材にした制作活動は続けながらデザイン専門学校講師を務め、空き時間は海へ。しかし、そうした日々だけでは食べていけない。やがて実家が経営していた情報関連会社を引き継ぐ。社長業である。平日は忙しくなった。金属加工の腕を生かして、カスタムナイフの製作も始めた。それでも週末にはサーフィンに出る習慣は続く。近隣の海で技術を磨き、40代からはいい波を求めてハワイやバリなど海外にも何度となく出かけた。

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手製のカスタムナイフは海でも使う

「波乗りをしていると、住んでいる世界も違う人、ほかでは会うことのなかった人たちと出会える。続けていくことでの上達の喜びと同時に、交流の楽しさもあるんです」

数年前には、そうした出会いを機に仮名でテレビCMにも出た。ベテランであることを伏せ、51歳でサーフィンを始めたばかりという設定だ。以来、海辺で見知らぬ人に声をかけられることも増えた。ずいぶんうまくなりましたねなどと言われると、ちょっと困る。

これまで何枚のボードを使ってきたか、松村さん本人にもよくわからない。今の手持ちは5枚。住まいの階段横や寝室に置いている。これ以上の置く場所はない。だから、この枚数が限界だ。

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タイラーのボードにフィンをつける

取材日に使ったのは、カリフォルニアのカリスマ的シェイパー、タイラー・ハジーキアン作の板。シングルフィンのクラシックなロングボードだ。

「初心者のころはロングボードで始めて、だんだんうまくなるとショートボードにして。でも40歳を境に、ラクなロングボードに戻ってきた感じですね」

ふと見ると、家のあちこちにはカメの置物がいくつもある。どれも、昔ながらの友人たちが土産にくれたものばかり。大学時代についたニックネームが、「カメ」なのだそうだ。こつこつと自分の仕事に取り組みつつ、いったん水に入ればいかにも心地よさげな松村さんの姿を思えば、まさに慧眼である。

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