「くるりんぱ」というものをご存じだろうか。
昔から、だまし絵の一種として、上下を逆にすると別の形が見える図像というのがある。よく知られているのは、怒り顔のひげづら親爺(おやじ)が、逆から見ると柔和な笑顔のおじさんになるもの。少々ムリのある絵でも、子供には意外に受ける。
「くるりんぱ」と呼ばれるシリーズ絵は、もっとシンプルで、可愛らしい。野原の家が海に浮かぶ船に変わる。ブタはカタツムリに、フクロウは子犬になる。月夜のサボテン群は、引っ繰り返せばサッカー風景だ。どれをとっても、その完成度の高さには大人もついつい身を乗り出す。

考案したのは「マルタン」。後藤徹(てつ)さん・静子(しずこ)さん夫婦のユニットだ。
「9年前に最初の絵本を出したんです。そこからどんどん活動が広がって。今は国内や海外のあちこちで、子供たち対象のワークショップもしています」と徹さん。
2人は、いわゆる「絵本作家」ではない。徹さんはアートディレクターとして大手広告代理店の第一線で活躍してきた。京都の魅力を押し出してスタートしたJRのCMは、季節ごとに今も注目を集める。いっぽうの静子さんは、子育てのかたわら、設計の仕事を続ける。ともに美大をめざして同じ予備校で学んで以来の仲だ。
「くるりんぱ」が生まれたきっかけは、ちょっとした笑い話だ。
会社に入って20年が過ぎ、徹さんは少し仕事にくたびれていた。学生時代、絵本を作りたかったことを思い出した。でも、今から何を作ればいいのか。たまたま、家に飾っていたカエルの置物が逆さになっているのを見た。
「すると女房が、牛さんに見えない?って言うんです。これはおもしろいな、ほかにもそういう見え方になるものがあるんじゃないかな、と」

静子さんが素案を出し、徹さんが絵にする。溜まった作品は念願の絵本になった。せっかくだから作品展もしてみた。見に来た子供たちは大喜びだ。2003年に横浜美術館で開催した展覧会では、作品やポストカードの売り上げを日本ユネスコ連盟(ユネスコ)に寄付した。そして、ユネスコが「くるりんぱ」に注目する。すべての人々への学習機会の提供をめざす世界寺子屋運動に、「くるりんぱ」を役立てられないかというのだ。
もちろん、それほどうれしいことはない。徹さんは、更に運動を大きくする為に、勤務する広告代理店にかけあい、社の社会貢献事業にするということを取り付けた。引っ繰り返ったカエルからはじまった「くるりんぱ」は、世界を舞台に動きはじめた。

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