ひとつの絵が天地を逆にすれば違うものに見える「くるりんぱ」の主題は、「ものの見方はひとつじゃない」ということ。世の中にはいろいろな考え方がある。どれかひとつだけが正しいと言えることではない。それが、民族や宗教、あるいは病気や障害の有無を超えた、多様性の肯定につながる。ユネスコが注目したのも、絵としてのおもしろさの奥にあるそのメッセージ性だった。

2004年からは、世界寺子屋運動のロゴマークにも「くるりんぱ」が使われるようになった。文字が読めなくて勉強もできないさみしそうな表情の子が、上下を逆にすると本を開いてニッコリ。これなら言葉を超え、世界の誰もがその意図をわかってくれる。
徹さんと静子さんは、運動の一環としてさまざまな地域で「くるりんぱ展」やワークショップを行なう。国内の自治体や幼稚園、小学校、動物園、海外ではベトナム、カナダ、アメリカ、インド……。
「ワークショップでは、子供たちにくるりんぱを作ってもらうんです。好きな絵を描いて、上下を引っ繰り返して。みんな本当に思いもよらない作品を作りますよ」と徹さん。「そばにいる祖父母や両親、先生たちも、いつのまにか夢中になっちゃうの」と静子さん。
出会った子供や大人の笑顔が、2人にとってのなによりの喜びだ。
これまで、ワークショップに参加したのは約1500人。展覧会には5万人以上が訪れた。絵本はシリーズとして7冊。本やグッズの売り上げはすべて寄付している。展覧会での募金も含め、すでに1200万円を超える資金がユネスコに集まり、インドで2軒、カンボジアでも1軒の寺子屋が建設されたという。

今年春、徹さんは会社を早期退職した。「くるりんぱ」の活動により多くの時間を注ぐためだ。引っ繰り返ったカエルの置物から始まった絵本作りが、これほどまでの広がりを生むとは、当初は予想もしなかったことだ。韓国語や中国語、フランス語の絵本も出版された。またここ数年は、後藤さん夫婦だけでなく、学生や広告代理店の若手もボランティアチューターとしてワークショップを受け持つようにもなった。
世界寺子屋運動とは別に、国内では小児科病棟の床や天井を「くるりんぱ」の絵で飾る病院も出てきた。子供たちの不安や恐怖心を少しでもやわらげようというものだ。
2人が次に検討しているのはアフガニスタンでのワークショップ。
「イスラム圏の人々の考え方を、子供たちとくるりんぱを作ることを通して体感できれば。今、そういうことが重要なのではと思うんです」
国境を越え、言葉や人種の壁を超え、2人の送り出すメッセージが伝わっていく。


インテリアも魅力的な後藤さん宅。1階の部屋の隅には、なんとも落ち着いたコーナーが。壁に添って立っているのは、ビリヤードの点数を記録する道具。おそらく鹿鳴館時代から使われていたものだ。ビリヤード台と一緒に譲ってもらったとか。照明は近所に捨てられていた品。そばには改築する礼拝堂からもらったベンチもある。お金をかけなくても、組み合わせ次第で洒落(しゃれ)た雰囲気が作れる好例。

後藤徹(ごとう てつ)・静子(しずこ)
徹さんは1951年東京都生まれ。東京芸術大学大学院で版画を専攻した後、広告代理店でアートディレクターに。多くのヒット作を手掛けつつ、休日は「サラリーマン転覆隊」の一員“江戸っ子テツ”としてカヌーで各地の川を下る。静子さんは1953年東京都生まれ。東京造形大学室内建築科卒業、インテリア・デザイナーとして活躍する。「くるりんぱ」の絵本を作る時に作った2人のユニットが、マルタン。絵をクルクル回す「マル(円)」と、ものを作るベースの丸太棒から名付けた。著書に、くるりんぱ「なんになるの?」「Who?」「How?」「WHAT?」「だーれ?」「なーに?」(フレーベル館)、「くるりんぱ性格診断」 (小学館)など。

文 :秋川 ゆか
写真:山口 敏三
(更新日:2007年06月22日)
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