祐二さんが初めてオートバイに乗ったのは、15歳の時。当然、無免許だから公道は走れないのだが、友人宅の駐車場での体験はとてもおもしろかったという。当時は、兄がジムカーナと呼ばれる軽4輪レースに出ていて、ピットクルーとして手伝ってもいた。4輪免許が取れたら、車を譲ってもらうことになっていた。当時は16歳になれば軽4輪の免許が取得できたのだ。ところが誕生日の6カ月前に制度が変わり、4輪免許は18歳からに。
「16歳で取れるのは2輪だけになったんです」
とはいえ、自分で運転する日を待ち望んでいた少年にとって、免許取得はどれほどうれしかったことか。
「初めて公道に出た時は、走りながら、取れたーって叫んでました。今でもはっきりおぼえています」

それ以来、2輪ひとすじ。町で乗ったり、ツーリングに出たり。大きな事故に合って4カ月くらい入院したこともある。でも、オートバイをやめることはなかった。
いや、実は半年間だけ降りたことがある。伸枝さんとの結婚が決まった24歳の時だ。父に、危険だからもうやめろと言われ、愛車を売りに行った。ところがその場でレーシングカートと交換し、夫婦でサーキットに出掛けるようになる。オートバイもうやむやのうちに復活し、翌年には仲間たちが始めた草レースに参加する。
レース体験は、ツーリングとはまったく違う魅力があった。3歳のころから始め、高校時代には国体にも出場したスキー競技と似た緊張感。スタート時の心臓の鼓動や、自分自身のテクニックとタイムをギリギリまで追う感覚。そして自立できない不安定なマシンを操るおもしろさ。一気にのめりこんだ。

幸いに家族の理解もあった。なにしろ伸枝さんも、最初の妊娠にも気づかずレーシングカートに乗っていたくらいだ。2人の子供を出産後は、400cc免許を取り、一緒にツーリングにも出かけていた。夫のレース参加に反対したことはこれまで一度もないという。
「でも、娘が小学生のころは秋の運動会とレースがかならず重なって。結局レースを優先して、一回も見に行かなかったんですから」と伸枝さん。「息子の受験の日も、一生に一回のレースがあるなんて言って。こっちは目が点ですよ」
祐二さんは「さすがに受験日のレースはやめたけど。確かにひどい父親でしたねぇ」と笑う。その笑顔からは、幾回もの優勝経験を経てきた自負と、長年にわたり見守ってくれる家族への感謝の思いがこぼれる。

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