父親のヴィットリオ・フォナさんは真面目で寡黙、一方、母のロージィさんは肝っ玉かあさん風。なんともいい雰囲気のカップルなのだが、このマンマ・ロージィの料理がめっぽうおいしい。
「最初は、さすがイタリアのお母さんは料理上手だなと思ってたんです。でも、よその料理も食べてるうち、マンマ・ロージィは特別なのだと気づくようになりました」
調理法はごくシンプル。しかしこまごまとした手間を惜しまず、きちんとコツをおさえる。そして魔法のようにおいしい品々ができあがる。料理の味だけではない。2人の人柄もすばらしいものだったという。異文化への偏見もない。日本人夫婦が心地よく過ごせるよう、近隣でもさりげなく気を配ってくれる。
「いい人たちに出会えた僕たちは、本当にラッキーでした」

以来、功さんと典子さんは、フォナ家を訪ねるためにベネチアに通うようになる。もう、ダニエレさんを頼ることはない。すっかり親しくなったマンマたちに直接コンタクトしては、年に1、2回。いつも2週間から1カ月の滞在だ。
「居候みたいなものなんですが。住んでいる視点でこそ見えるものはたくさんあります」
フォナ家の暮らしには、古き良き時代のベネチアのライフスタイルがそのまま残っているのだと功さんは言う。
「若い世代の生活はもう、どこの国も同じ。ベネチアの昔ながらの暮らしも、時代の波の中で失われつつあるものです。僕たちはそうしたものを少しでも吸収したい。それは料理に対する姿勢にも集約されているんです」
たとえば、家族や友人と食卓を囲み、共においしさを分かち合う喜び。わが家の味を大切に守り続ける心。
「日本では家族が別々に食事することが多いと言うと、すごくビックリされます。マンマたちは、誰と、何を、どのように食べるかをとても大事にするんです」

マンマ・ロージィの料理の魅力を2人で堪能するだけではもったいない。典子さんは、訪れるたび、キッチンに入って料理を教わるようになった。イタリアでは、家庭料理は母から娘へと受け継がれる。男の子ばかりで、娘のなかったフォナ家の味は、「日本の娘」にひとつひとつ伝えられていった。
功さんが受け継いだものもある。2001年に亡くなったヴィットリオさんの工作室だ。中には、住まいのメンテナンスをするさまざまな道具が揃っている。
「トイレのパッキンが壊れたとか、カギの具合が悪いとか、行くたびにいつも10個くらいミッションが用意してあるの」
マンマの指令を受けて、修理に励む。それは功さんの喜びでもある。

※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。