![]()
田中武敏(たけとし)さん宅のホビー室で、まず最初に目を引き付けるのは、ケースに飾った1隻の帆船だ。
1841年に建造されたアメリカ最古の木造捕鯨船「チャールズ・W・モーガン」。前後の長さ約80センチ、メインマストの高さはもう少しあるだろうか。サイズは本物の64分の1だという。ゆるやかなカーブを描く船体、3本のマストの間を縦横に縫う極細のロープや、緑青(ろくしょう)を吹いた銅張りの船底……。その姿は、いかにも優雅で美しい。部屋の中には、他にも数隻の帆船が置いてある。どれも皆、武敏さんの手作りだ。
帆船模型愛好家に広く知られる「ザ・ロープ」という同好会がある。その歴史はすでに32年、会員数は126名を数える。武敏さんは現在、副会長のひとり。キングスホビー(=王様の趣味)と呼ばれる帆船模型作りをはじめて、20年を迎えた。
「時間はかかるし、本当に細かい作業です。でも、作れば作るほどスキルが上がっていく。同じ趣味を通して人の輪も広がっていく。それが、楽しいんですよ」

育った土地は海に近く、泳ぎの好きだった子供のころから船は身近な存在だった。長じて銀行に入社してからは、ヨットクラブに加入した時期もあった。最初に帆船模型に興味を持ったのは、妻の美佐子(みさこ)さんと神戸に暮らしていた新婚時代のことだったそうだ。
「芦屋川のほとりを2人で散歩していると、模型店の店頭に帆船キットがあったんです。ああ、いいなぁと」
それまで、プラモデルの帆船なら何度か作ってはいた。パーツを張り合わせて形状をなぞるだけのプラモデルと、木造の模型とはまるで違う。けれども当時は、日本にキットの輸入がはじまったばかりで、価格は武敏さんの初任給を超える。「買えるわけないじゃないの」。美佐子さんの言う通りだ。あきらめるしかない。それ以来、帆船作りへの憧(あこが)れは消えることなく胸の奥にくすぶり続けた。

仕事はとにかく忙しかった。転勤も多く、残業や接待で帰宅は深夜におよび、休日はゴルフ。子供たちと触れ合う時間もままならない日々は長い間続いた。転機は、1990年に大阪で催された「国際花と緑の博覧会」(通称・花博)で、所属企業グループが出展するミュージカルシアターの館長に出向したことだった。
「開催の3年前から企画を進め、音楽家や演出家、デザイナーなど、それまで知らなかった多くの人と深いつきあいが出来ました。企業人としてがむしゃらに働いてきた自分に対し、彼らは自由社会に生きている。こういう生き方もあるんだと、目を開かされました」
銀行での勤務に比べ、時間もある程度自由になっていた。仕事以外に、本当にやりたかったことは……。ついにフランスの帆船「ラ・シレーネ」のキットを買った。

※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Firefox1.5以上、Macintosh Safari 1.3以上、Firefox1.5以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。