観葉植物の心地よい緑があふれ、壁やピアノの上に海外の風景を写したいくつもの写真の額、ガラステーブルの周囲には深々としたソファ……。客人を迎えることも多いという山田さん宅のリビングは、すっきりと落ち着いた洋間だ。室内に飾った陶器などを眺めながら待つことしばし。準備を整えた周平(しゅうへい)さんが、奥の部屋から登場した。
藍の甚兵衛(じんべい)にキリリと締めた前掛け、真っ白な頭巾(ずきん)、まさに蕎麦(そば)職人姿というべきか。洋風の室内が、一気に「和の世界」に様変わりする。衣装の効果は絶大だ。
「いや、冗談でそろえたものなんですけれどね」
照れながら言う周平さんだが、山田家でときおり開く手打ち蕎麦会の日、訪れる人は皆、この姿に歓声をあげるのだ。
携えているのは、大きな塗りのこね鉢。キッチンの広いカウンターに据え、蕎麦粉をあけると、さっそく蕎麦打ちのスタートだ。蕎麦粉もツナギの小麦粉も、打つ日の直前に北海道から取り寄せたもの。配合や水の割合は、粉の状態や気候によって変える。
「粉に均等に水が回るよう加減するのが、一番大変なところ。私などはまだまだです」

周平さんが蕎麦打ちをはじめたきっかけは、仲間と通った料理教室だ。銀行を定年退職して子会社にいた時、長い付き合いのゼネコン役員らに誘われた。子供のころから簡単な料理は作っていただけに、キッチンに立つことには抵抗はない。妻に相談すると、おおいに賛成し、エプロンをプレゼントしてくれた。まずは和風料理の基本コースに1年間。翌年は洋風・中華風の基本、さらに麺を打つ会、魚の調理の会、総菜作りの会。同世代の男4人、月1回の教室通いは5年間続いた。当時はまだ熟年男たちが料理を習うこと自体めずらしく、雑誌の取材を受けたこともあったという。
「でも皆、切実感はないですからね。家に帰っても復習もしない」

実は、妻の美紀子さんは自宅で18年間にわたって、料理とテーブルコーディネートの教室を開いている。妻に教わるという選択肢はなかったのだろうか。
「皆で月1回集まって、教わりながら軽口を叩いたり、一緒に飲んだりするのが楽しかったんですよ。遊びだったんです」
5つのコースを修了すると、しばらくは料理から遠ざかっていた。が、麺作りコースでパスタやうどんなどさまざまな麺を打った中で、なぜか蕎麦への興味が残っていた。美紀子さんと一緒にノルウェー在住の友を訪ねた時、うどんを打ってふるまってくれたことも印象的だった。
「海外での手打ちのうどんに非常に感動しました。それで、僕は蕎麦をきちんとやろうかな、と」
道具を買い、参考本を読み、名店を食べ歩きはじめた。

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