同じ敷地内に住む保さんの両親は、90歳を目前にしている。父は今も翻訳の仕事を続けている。けれども、元気なうちに一緒に過ごせる時間を増やしたい。恵子さんが金沢に帰郷できるだけのゆとりももっと作りたい。また、自分たち自身の老後の生き方も計画すべきではないか。
「ちょうど同い年の友人を亡くしたこともあり、互いに生きている時間を大切にしたいと切実に思ったんです。どうしたらいいか、2人で2年くらい悩みましたね」と恵子さん。
自宅でできて、ある程度時間が自由になり、一定の収入も確保する方法はないか。考えた末、たどりついた結論が、親しんだ北欧家具のデザインを紹介するということだった。
「小さな家具メーカーは、海外でPRしたくてもなかなかできない。だったら複数の会社に等分に経費を負担してもらって、僕が引き受けましょう、と。スウェーデンの親しいメーカーと話している中で生まれた試みです」

夫婦とも、それまでの仕事をやめるには1年近くをかけた。計画を進めるうち、懇意の家具輸入会社からの依頼もきた。こうして、スウェーデン版とデンマーク版のニューズレター制作が動き出した。
好きだから、できることである。保さんが設計したという住まいには、以前から使い続ける北欧家具がいくつも並ぶ。ハンス・ウェグナーやクリスティーナ・フルストのソファ、クッカプーロやヤコブセンの椅子、ウーラ・クリスチャンセンの花瓶……。
「北欧家具は不思議と日本の住まいにも合うんです。デザインは繊細で軽やかだし、縦横のシンプルなラインは障子を背景にしても違和感がない。それに、同じ木の文化というものを感じます」
ソファは15年、毎日酷使するパソコンチェアも6年使い続けて、まったく傷む気配はない。
「耐久性も座り心地もとことん探究されています。それが、本来のデザインというものでしょう」

この家には、北欧からの客もやってくる。保さんが腕をふるう料理は、つねに人気のまとだ。ルストラム社の社長は、熊野家でメモした餃子(ぎょうざ)レシピをストックホルムで自ら再現した、とうれしそうに知らせてきた。保さんの案内で、焼き鳥用の七輪や包丁を買い込んでいく人もいる。
「みんな、生活そのものを本当に大事にするんです。教えられることは多いですね」
今、保さんの両親とはひんぱんに行き来ができるようになった。恵子さんは父親を看(み)取った後も、折りをみては金沢の母親を訪ねる。夫婦の会話も格段に増えた。この仕事が何歳まで続けられるかはまだわからない。でも、2人にとって間違いのない選択であったことは確かだ。


家具はもちろん、家電やキッチン道具ひとつでも、互いに納得のいくデザインをとことん探すという熊野さん夫婦。出会ったころから、「好き」と思えるものが似ていたそうだ。長く使えることも、モノ選びの大きな基準だ。銅のヤカンは、なんと結婚祝いの品。2人で選んで贈ってもらったのだとか。35年毎日使い続け、いまやアンティークといってもいいほどの風格だ(「磨いていないせいもあるけど」と恵子さん)。

熊野 保(くまの たもつ)・恵子(けいこ)
保さんは1947年神戸生まれ。5歳のころから東京で暮らす。高校までインターナショナルスクールで学び、アメリカ留学。帰国後、建築・インテリアを学んでゼネコンに入社し、主に海外でのプロジェクトを担当する。その後、外国人向け不動産会社での企画部門を経て、輸入家具の専門企業へ。今年3月に退社し、「オフィスクマノ」を立ち上げる。恵子さんは1949年金沢生まれ。東京で高校・短大に通った後、保さんと同じ学校へ。結婚後は染織を学び、織りに取り組む。1996年から11年間にわたってギャラリー「ギャルリーハル」を運営。今春からは保さんとともにDM制作に携わっている。
※熊野さん制作ニューズレターのサンプル(pdfファイル、1.5MB)は、こちらでご覧いただけます。

文 :秋川 ゆか
写真:伊田 淑乃
(更新日:2007年09月21日)
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