釣ってきた魚は直彦さんがさばき、朋子さんが料理する。海から直送の新鮮な魚の味は、店で買うものとはまるで違う。
「イカなど特に違いますね。もう、釣ったものしか食べられません。スーパーで買うのは、マグロやサンマ、イワシくらいかな。これは釣ってこられないから」と朋子さん。
食べきれないほど釣果があった時は、近所に配ったり冷凍したり。
「家のまわりは農家が多いんで、おすそわけすると、翌週くらいに野菜になって返ってくるんです」
冷凍庫には、ワラサの切り身や、ウロコを落としたメバル。ワラサは塩焼き、メバルは煮付けにするそうだ。フグのヒレや中骨をカラカラに干したものもある。これをさっとあぶって熱い日本酒に入れ、ヒレ酒として味わう。

直彦さんが釣る魚を存分に楽しむ一家だが、一緒に釣りに行くことはないのだろうか。
以前は、息子と釣りに出かけたこともあったという。長男とは、2人でワラサ5本を釣り上げた。次男とはカサゴやハゼを釣った。でも、父が期待するほどにはのめりこむことはなかったようだ。朋子さんは、子供と一緒に堤防や磯に同行したことはある。
「海は好きなんですが、じっと釣り糸を垂らしているのはダメでしたねえ」
どちらかというと朋子さんはアクティブに動きたいほう。仲間と一緒に、テニスとバレーボールで体を動かす。
「趣味がことごとく違うの。主人はテニスに誘ってもやらないし。自由な時間ができた今は、それぞれ自分の好きなことをやっていく。それがちょうどいい感じなんです」
最近は、若いころからあこがれていた中型バイクの免許も取った。遠乗りはまだまだ。毎朝、近所を1時間ばかり練習に走る日々だ。上手になったら、1人で山や海に出かけるのが楽しみなのだという。
「好奇心旺盛で、なんにでも挑戦していく様子には感心します。乗っている後ろ姿を見るとハラハラさせられますが」と直彦さん。妻を見守る目はなかなかにあたたかい。

直彦さんには、いつか釣ってみたいものがある。モロコ、九州でいうアラだ。重さ100キロサイズもざらな大物。食味も抜群な高級魚として知られ、釣り味もおもしろい。関東で釣るなら、神津島か三宅島か……。
「行っちゃえばいいじゃないの」
「いや、それこそ道具を買わないと。今持っている道具じゃ釣れないから」
「おいしいなら、いいんじゃない」
こうしてまた、釣り部屋の道具は増え、仕掛けの探究も進む。釣果を待つ家族の楽しみも、きっと増していく。



ナイフ集めも直彦さんのもうひとつの趣味。リビングの隅のガラスケースには、数十本のナイフが並んでいる。子供が小さいころにキャンプで使ったのがきっかけだそうだ。でもコレクションを始めてからはどれも使用せず。非常に切れ味がいいという1本も、「実は切ったことはないんです」。最近、思いたって、マタギの使う山刀で豚足を切ってみた。熊をさばくための丈夫な品だ。ところが刃はボロボロに。「豚は熊より硬いとわかりました……」

武直彦(たけし なおひこ)・朋子(ともこ)
直彦さんは1956年東京都生まれ。小さい時から海の生きものが好きで、海洋生物学者になるのが夢だった。小学校時代に横浜に引っ越してから、釣りによく出かけるようになった。大学を出て就職した当時は、しばらく釣りを離れていたが、朋子さんと83年に結婚し、3年ほどして船釣りにめざめた。現在は大手印刷会社で部長職。朋子さんは61年東京都生まれ。若いころから中型バイクの運転にあこがれていたが、周囲の反対で長い間あきらめていた。高校を出て就職した印刷会社で、直彦さんと出会い、結婚後退職。バレーボールは12年のキャリア、友人の誘いで始めたテニスも最近の楽しみ。

文 :秋川 ゆか
写真:伊田 淑乃
(更新日:2007年10月22日)
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