小さいころから魚が泳ぐ姿を見るのが好きだった。川で捕った魚を池に放しては、飽かずに眺める子どもだったそうだ。
「部屋の壁面を全部水槽にして、水族館のような空間で暮らしたかったんです」
もちろんそんなことは無理というもの。大人になってからも旅先などで、魚をモチーフにした木彫や陶器、絵などを買っては部屋に飾った。でも、気軽に買える土産物は、納得のいかないものばかり。長い間眺めて楽しめるようなものは少ない。長年不満は募った。
損保会社を早期退職したのは56歳の時だ。30年間、滅私奉公してきたのだから、再就職までの1年間は遊ばせてくれ、と珠子さんに宣言した。せっかくだから、サラリーマン時代にはできなかったことをしたい。しかし、絵を習ったり旅行に出たりというのはお金がかかる。そして思いついたのが、ヒゲを伸ばすことと、自分で魚を作るという2つだった。

紙粘土、カマボコ板、不用のまないたなど、いろいろな素材を試した。けれども、なにか違う。当時は息子や娘はまだ中学生で、家計を考えると材料や道具にムダな費用はかけられない。家に残る材料として最後に目に留まったのが、使用済みの割りばしだった。
「物資のない時代に育ったためか、物が捨てられない。割りばしも、小さい時からゴム鉄砲や飛行機作りに利用したものです。柱のクギ穴埋めなど家の小修理に使えると思って、ずっとためていたんです」
細いものなので、大きなカタマリにしないと使えない。ボンドで張り合わせ切ってみた。するとモザイク状のおもしろい断面ができた。年月を経た割りばしは、色もまちまち。カレイのまだら模様を表現するのにぴったりだ。これだ、と思った。
「作り方に工夫しながらやってみると、非常にうまくいった。家にある割りばしを使い切ったあとは、近所の食堂に頼んだらこころよく提供してくれて。そのうち、食堂の主人があちこちの居酒屋や会社などに声をかけてくれて、十分な量が集まるようになりました」

6年間の再就職期間中もこつこつ作り続け、完全にフリーの身になってからはいっそう制作に集中できるようになったという。
割りばしを使った木彫とは、いったいどのように作るものなのか。箸を横に並べ、ボンドで張り合わせれば「板」ができる。それを何枚か重ねて貼れば「角材」になる。でも、単にそれを削っただけだと、表面には継ぎ目の線がバラバラに出るはずだ。正孝さんの作品は、表面全体が割りばしの断面である木口(こぐち)でおおわれている。
「どうやって作ると思いますか?」
箱から取り出して見せてくれた立方体も、全面が木口。
「実はこうやって作っているの」
タネ明かしとして出されたのは、角材を削って作った6つの四角錐(すい)。この頂点同士を合わせることで、どの面もみなモザイク状の立方体になるのだ。なるほどといったんは納得する。が、それにしても……。

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