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シンプルライフ

Vol.35 古いものにひかれ集め続けた「コンペイトウ瓶」コレクション 栗原英次さん・洋子さんを訪ねて

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集めるのが困難なものほどおもしろい

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金太郎やタヌキ、大黒様は大正時代のもの

コンペイトウ瓶を置いているのは自宅の1室だ。どれも小さなものばかり。ガラスの容器部分に、セルロイドやブリキを組み合わせた品も多い。明治時代の末ごろから作られ始め、大正末期から昭和初めと、昭和20年代の2度にわたって大きなブームを呼んだという。英次さんのコレクションは、大正から昭和に作られたものが中心。乗り物、人形、スポーツ、植物など、形によってジャンル分けし、箱に入れてていねいに保管している。

「どれも細工が細かいうえ、当時の日本の文化が表れている。遊んで飽きたら捨ててきたものだから、骨董市にもなかなか出てこなくて、探すのは大変なんです」

1年間各地の骨董市などを回っても、見つかるのは10個程度。英次さんは、30年間にわたってコンペイトウ瓶を探し続けてきた。

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昭和20年代のヘリコプター型容器

小さいころから切手やコインなどを収集するのが好きな子供だったという。でも、こうしたものは集めるのは比較的楽だが、種類があまりに多い。 「キリがないから結局やめちゃう。収集のハードルが高いものの方が、大変ではあっても楽しいんですよ」

古いものを本格的に集めるようになったのは、30歳になってからだ。妻の洋子(ようこ)さんと京都を旅した際、東寺で開かれる骨董市「弘法市」をのぞいてみた。ガラスの氷コップや時計が懐かしく、ついつい手に取った。以来、何度か京都に通い、やがて東京でも各地で骨董市が開かれるようになると、休日のたびに回るようになる。ある日、懇意の骨董商がバイオリン型のガラス瓶を見せてくれた。それがコンペイトウ瓶だった。

「意匠が凝っているし、収集している人はほとんどいない。集めていくうち、どんどんおもしろくなっていきました」

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ブリキおもちゃのコレクションも

たとえば電球型の瓶。明治時代末に普及がはじまったタングステン球そのままの形に、カラフルな笠までついている。また、おなかに丸いガラス球をつけたセルロイドのタヌキ。これは大正時代当時の製造元まで探し当て、話を聞くことができた。飛行船、花電車、銃などのモチーフからは、そのころの世相や子供たちの興味も浮かび上がる。刻印された意匠登録番号をもとに特許庁で調べたり、昔の菓子業界紙をめくったりして、時代や製造者を特定するのも楽しい。40代、50代と、夢中になって収集した。

1人だけライバルがいた。同い年の知人で、しかも隣町で開業する歯科医。2人のいずれかが買うと知った骨董商たちの手で、全国に残るコンペイトウ瓶が掘り起こされていった。

「値段もどんどん上がってしまって、10数年前がピークでしたね。このごろ高いなあと骨董屋に言ったら、それは先生たちがつり上げてるんだよ、と」

全国にコレクターが3人いれば、モノは値上がりするのだそうだ。それでも、よきライバルの存在は大きな励みだった。

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