親戚に配る新聞「音のかけはし」を最初に作り始めたのは、1985年のことだ。4人きょうだいの眞知子さんの末妹が、結婚して宮城県に住むことになった。関東を離れる妹がさみしくないように、定期的に近況を伝え合おう。榎本さん夫婦の考案で、親戚皆に声をかけ、原稿を募ることにした。関東と東北を結ぶ「かけはし」に加え、好きなクラシック音楽について書く達郎さんが「音」の一文字を入れてタイトルにした。
新聞は好評だったが、きょうだいたちが子育て期で忙しくなったことから、7年目で中断した。やがて父親が亡くなり、一人になった母親を支えるため、夫婦は眞知子さんの実家で暮らすことになった。
当時、母親の比佐子(ひさこ)さんは75歳。絵を描き、短歌をたしなむ人だった。2人は、母を山に誘った。楽しんでくれるのがうれしくて、そのうち海外旅行にも一緒に出かけるようになった。80代での海外初体験だ。スイスの山を歩いた時は、出会った人に一輪のアルペンローゼをもらった。
「男性に花をもらったのは初めてだと、満面の笑みで喜んでくれて」と達郎さんは懐かしむ。

旅先ではオペラにも行った。涙を流して感動してくれた。オーストリア、ドイツ、フィンランド……旅は十数回に及んだ。その経験はいくつもの作品にもなった。90歳で自宅で看(み)取る直前まで詠草を続けた比佐子さんは、きょうだいはもちろん、血のつながりのない達郎さんにとっても誇りだった。
比佐子さんが亡くなった3年前、思い出を冊子にしようと提案したのは眞知子さんの兄だった。旅を楽しむ姿や短歌作品をまとめた「音のかけはし」が、特別号として復活した。中断していた十数年の間に、おいやめい、結婚した相手の家族など親戚はずいぶんと増えている。特別号を手にした皆が継続を望み、たくさんの原稿が寄せられるようになっていった。
今、復活版「音のかけはし」は18号目。不定期刊として年に10回弱の発行だ。榎本さん夫婦を発行人に、毎号20部を配布する。大学合格や結婚、出産の報告、子供の成長の様子、建築中の家の経過、戦時中の思い出、旅の話……。互いの近況が常にわかるのはうれしいものだ。眞知子さんが手書きする部分も多いが、文字やイラストなど送られた原稿をそのまま張った記事もいろいろだ。そのひとつひとつから、書いた人のぬくもりも伝わる。
「うちの親戚は、みんな本当に仲がいいんです」と眞知子さん。この新聞が大きな役割を果たしているのは間違いない。

新聞を通して交流を深める中で、今、大きな計画も生まれてきた。親戚一同での展覧会だ。来年、小さなギャラリーを借りて開催する。スケッチや写真、オブジェなどの作品が集まり、達郎さんはクラシックのミニコンサートを開く。眞知子さんの両親の作品も並ぶ予定だ。
古いものをていねいに使い続けること。親戚同士の縁を大切にすること。それはきっと、ひとつながりのものなのだ。榎本さん夫婦の暮らしに、そんな当たり前のことを改めて気づかされる。


榎本家の台所には、ごろんとした石がいくつも置いてある。なんだろう? 「これが重要なんですよ」と達郎さん。エアコンやテレビだけでなく、この家には炊飯器もない。ご飯は文化鍋で炊く。その際に、2個の石を重しとして乗せるのだという。圧力がかかるので、米粒が立って、おいしく炊けるそうだ。大きめの石もある。ぬか漬用の重しだ。縁側には、にんじんを漬けた鉢もあり、子供の頭くらいの石が乗っている。いずれも拾ってきたもの。眞知子さんの台所仕事に、石は必需品なのだ。

榎本達郎(えのもと たつろう)・眞知子(まちこ)
達郎さんは1951年東京生まれ。大学卒業後、社会保障関係の団体職員を続けている。若いころからクラシック鑑賞が趣味だった。眞知子さんは1948年東京生まれ。医療関係の団体職員。ピアノと登山は独身時代からの趣味。職場を通して出会い、「音楽・山・自然」をともに楽しみながら暮らしていければと結婚した。今も2人で年に数回は北アルプスや八ケ岳へ。クラシックコンサート、美術展などへもしばしば出かける。「八ケ岳の森の匂いが本当に好き。今年は3度も行きました」。現在、展覧会に向けて準備を進めている。

文 :秋川 ゆか
写真:伊田 淑乃
(更新日:2007年12月21日)
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