生の火を見つめる時間はいいものだ。たとえば子供時代、庭先の落ち葉を集めたたき火で芋を焼いたり、あるいは青年の日、ちらちらと燃える火を前に夜更けまで語り合ったり。そんな思い出を持つ人は少なくないはずだ。ところが今、たき火をめぐる環境はすっかり変わってしまった。
住宅地では、いかに広い庭があっても周辺の反対にあう。キャンプ場や別荘地でさえ、じかに火を燃すのを禁止しているところがほとんどだろう。
八ケ岳南麓の山梨県北杜市。迎えに出てくれた田中静正(しずまさ)さんの軽トラックについて、山の家に向かった。山林の別荘地は、JR駅やインターからも驚くほど近い。クリやコナラ、ヤマザクラ……雑木の茂る林のくぼ地に、めざす家が見えてくる。車を止めると、さっそくたき火だ。
「ここは周囲が農地や区有林だし、別荘はあっても人の住む家は遠い。たき火をしても、夜中にチェーンソーを使っても、まったく問題ないんです」
薪は、家のまわりの倒木を使う。石を敷き詰めて作ったたき火用の炉は、敷地内に3カ所もある。重い薪を運ぶのはけっこうな手間。あちこちに炉があれば、切った場所の近くで燃せるというわけだ。

友人とともに、盆栽や庭造りのセレクトショップ「風雅堂」を経営する田中さんが、ここで暮らすようになったのは10年前。ふだんの仕事は東京だが、生活の拠点は、この山の家だ。広い土地には、雑木に交ざって、ツツジやオオデマリ、ハナモモ、フウチソウ、ナルゴユリ、ナンキンハゼなどたくさんの庭木や草花もある。すべて、田中さん自身が植えたものだ。春になれば、物置小屋の裏に並べたホダ木にシイタケも出る。
20代のころから、母親の実家があることからなじみ深かった山梨県に別荘を持った。けれども、それはあくまでも遊びのためのセカンドハウスであり、休暇として訪れるだけ。3カ所目のこの土地に至った45歳の時、ついに「山住まい」に踏み切った。
「生まれも育ちも東京の下町。当時は仕事でもあれこれあって、どうせ住むなら好きな山がいいな、と」

仕事で忙しい日は都内の借家で寝泊まりし、ゆとりのある日や週末には軽トラックを駆ってわが家に戻る。片道2時間強の通勤は確かに大変だけれども、豊かな自然の中で過ごす心地よさは、なにものにも代えがたい。
「この暮らしは本当に正解。土地の高い東京で家を持つことはないですよ。若い連中にも、そう言って勧めているんです」
商業コンサルタントとして活躍する妻も、都内に事務所を持ち、国内外の出張もしばしばという多忙な日々。仕事中心の毎日は別々に生活し、互いに時間の合う時に、愛犬を連れて山の家で合流する。
「子供がいないからできることかもしれませんが」と言いつつも、そんなゆるやかな関係がちょうどいい。

※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。