教室をはじめたころ、出店さんが描いていたのはクラシックな油絵が中心だったそうだ。でも、そうした技法を教えても、小さな子供にとってはおもしろいはずはない。絵の描き方など、むしろ教えないほうがいいんじゃないか。まずは表現することの楽しさにふれてほしい。そこで、切ったり張ったり、立体を作ったり、あらゆる素材やモチーフを自由に用いていく現代アート的な手法を採り入れていった。ものを完成させるのを目的にするのではなく、完成までのプロセスを、手で考え、手で覚えてもらいたいと思った。
とはいっても、就学前の子供とつきあうのは初めてで、まるで勝手がわからない。一緒にお昼ご飯を食べ、教室でのふとん敷きを手伝うところからのスタートだ。やがて出店さん夫婦にも娘と息子が生まれ、「子供の世界」が少しずつわかるようになっていった。
園児たちが喜んでくれそうなアイデアを毎日考え続ける中、出店さん自身の作品も変わっていった。絵筆を持つだけの制作には飽きたらず、仕事で熟知してきた「写真」を素材にするようになったのだ。

手元には、ヨーロッパで撮ってきた多くのフィルムがある。暗室でさまざまに加工して焼き付ける技術はお手のものだ。引き伸ばしたモノクロ写真を切り張りして、この世のどこにもないシュールレアリスティックな情景を作りはじめた。でも、それだけでは単なるコラージュどまりだ。そこで、できあがったコラージュを下図に、油絵に展開してみた。すると、元の写真の持っていた力が失われていく。模索を続け、ついに行き着いたのが、加工した写真をコラージュし、それをまた撮って加工して……と、複雑な作業を何度も繰り返し、1枚の大きな写真作品に仕上げていくという技法だった。
完成した作品は、さまざまなモチーフが縦横に入り交じり、まるでイメージの迷宮のようだ。ルーブル美術館で撮った彫像、三浦半島の海、保育園の遊具、子供たちの教材を考えながら作った粘土人形。一見しただけではそれとわからないものも、出店さんの説明を聞けばなるほどと納得がいく。

「これは、僕自身の記憶の蓄積なんです。自分が生きてきた風景を積み上げていったもの」 写真の加工にコンピューターは使わない。切る、張る、撮る、焼き付ける……すべてが丹念な手の仕事だ。長年、教室で教えてきたことも、作品を構成する「記憶」の一部だ。教材として扱ったテーマを作品に応用することもあるし、子供たちの発想から刺激を受けることも多い。
ところで、あこがれた「優雅で文化的な暮らし」は実現したのだろうか。
「できませんでしたね。でも、大勢の子供たちと過ごし、自分の求めた作品を作る、今の暮らしが好きです」
若いころの仕事や偶然の出会いが、今の生き方につながる。無駄な寄り道など、振り返ればひとつもない。だから人生はおもしろい。









出店 久夫(でみせ ひさお)
1945年福井県生まれ。幼少期は毎日、海で遊んで育った。小学校2年の時、家族で京都に引っ越す。絵を描くのが好きで、中学時代から画家を志しはじめる。京都市立日吉ヶ丘高校美術コース(現在は京都市立銅駝美術工芸高等学校として独立)に進学。芸大をめざすがかなわず、印刷会社や現像所で写真の現像や修正の仕事に従事する。29歳でヨーロッパの美術をめぐる放浪旅へ。マドリードに落ち着き、1年半後に帰国。子供のための絵画教室を始める。埼玉県の陽明保育園で教室を担当して26年。ほか複数の保育園、幼稚園でも講師を務める。自身のフォトコラージュ作品では、個展・グループ展など多数。

文 :秋川 ゆか
写真:伊田 淑乃
(更新日:2008年01月18日)
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