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Vol.40 20代から手をかけ乗り続けた車は職人の手技が生きる「幻の2000GT」 斉藤正典さんを訪ねて

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24歳でついにあこがれの車のオーナーに

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ガレージで車にふれる時間も楽しい

斉藤さんが2000GTと出会ったのは、父が営むモーターメンテナンス会社を継ぐため、工業高校に通っていたころ。ある日、授業の一環としてトヨタの工場見学に行った。それ以前から淡いあこがれを抱いていた車種ではあったが、製造現場を見ていっそう思いがふくらんだ。そして見学を終えて玄関に出た瞬間、止められていた2台の2000GTが目に飛び込んだ。

「もう、これを買うしかない。自分にとってのトップの車は、これなんだと思ったんです」

とはいえ、簡単に買えるものではない。19歳になり、ようやく友人と共同で買ったのが日産フェアレディZ432。いい車である。しかし、半年でやはり違うと思いはじめる。

「欲しかったのは性能ではなく、やはり2000GTという車だった」

20歳でフェアレディを手放し、前期型67年式の2000GTを買った。多くのオーナーに出会い、情報も集まるようになった。当時はすでに、改良を入れた後期型が発表されており、前期型では望み通りの完璧(かんぺき)なレストアもできないということもわかってきた。あこがれ続けた後期型70年式をついに手に入れたのは24歳。希少車ゆえ、中古市場での値はどんどん上がっていた。500万円という価格のうち、150万円は自分で用意。残りは親や親類に借金するしかなかった。

「それでも、僕の給料では、ローン完済まで8年かかりました」

大切な車である。細部まで常にベストな状態にしておきたい。15年かけて部品を集め、12年間直し続けた。スプリングひとつまで塗料を塗り替えた。30歳の時、7人の仲間と一緒にオーナーズクラブを立ち上げたのも、人数が集まれば部品の共有や特注もできると考えたからだ。

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ローズウッドのパネルもこの車の魅力

「後世に残していくべき車です。でも、ひとりでは残せない」

互いに情報を交換し、走行会などもさかんに開催した。オリジナルのマグネシウムホイールでは腐食が心配されるため、クラブの力でアルミホイールの限定生産にもこぎつけた。メンバーは70人を超えるまでになった。しかし、斉藤さん自身は3年ほど前に脱会。

「業者も加わるようになり、もう僕らの使命は終わったかなと」

今、手元には外装を含めてすべての部品が一式そろっているという。どこが壊れても修理できる。

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優雅な曲線を描くフロント部分

「残りの人生をコイツと過ごすには、ベストの状態です」

走りに出られない日がほとんどでも、時間を見つけてはガレージに入り、車にふれる。ドアやフロントウインドのカーブ、ゆるやかに伸びるボンネット、ローズウッドのパネルやステアリング……。性能の高さはもちろん、車体そのものもどこを見ても優雅である。

「実におしゃれだよね。今も、持っていることが本当にうれしい。40年も前の日本で、世界に負けない車を作ろうとした人々の意気込みを感じます」

若い日、はじめてステアリングにふれた日の感動は、今も変わらない。

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