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Vol.41 自然本来の美を伝えるために作り続ける「植物のあかり」 川村忠晴さんを訪ねて

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都会育ちのテレビマンから山の暮らしへ

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ススキの穂に光を入れる美しさ

川村さんが生まれ育ったのは、東京・青山。今は「ブルックス・ブラザーズ」の店舗が建つ一等地だ。江戸時代から続く旗本の家系だという。

「でも旗本の給料って、家康の時代から幕末まで同額。どの家も困窮していたみたいで、青山の旗本は傘張りしていたという記録もあるんですよ。今、僕がやっていることも変わりない」

青春時代の青山は、若者文化の発進地。VAN、JUN、紀伊国屋、ユアーズ……先端のブランドショップやスーパーが立ち並び、川村さんもその空気を浴びて過ごした。付属高校から進んだ和光大学は当時、自由な気風で知られたところ。周囲に大学紛争の嵐が吹き荒れる中もノンポリを通し、フォークグループを組んでテレビにも出演した。

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虫食いの跡も自然が作る絶妙な造形

卒業後は民放テレビ局に就職。「11PM」の配属になるが、好きなことのできないサラリーマン生活に、半年で退社してフランスに留学してしまう。帰国してからはフリーランスとしてテレビ局に戻り、ドラマの仕事へ。しかし、やはり納得のいかない仕事が続き、もうやめようと決めた時にかかわったのが、倉本聰脚本の伝説のドラマ「前略、おふくろ様」だった。

「倉本さんはもちろん、田中絹代さんや萩原健一さん、本当にすごい人たちとご一緒できました。僕にとっての宝です」

仕事が終われば、よく旅をした。東南アジアなどでは、途上国といわれる国の人々の豊かな精神性を知った。アメリカの旅では全盛期のヒッピー文化にふれ、東洋哲学を真剣に学ぶ学生たちにも出会った。川村さんの中で、都会志向・アメリカ文化志向ではない別の価値観が醸成されていった。

「前略、おふくろ様」続編終了を機に、テレビの仕事をすっぱり辞め、新婚の妻と一緒に長野県の高遠へ。廃屋を借りて、田舎暮らしをはじめる。畑を耕し、家を修理し、生まれた息子のおもちゃなども手作りする暮らしだ。

「気持ちはヒッピーです。衣食住、すべて自分たちの手で作り上げるのが楽しかった」

都会から持っていった参考書などまるで役に立たない。近所のお年寄りに教わったり、自分たちで工夫したり。おもちゃ作りを続けるうちに、近くの子供たちも集まるようにもなった。

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ワイルドリリーという実のサヤもモダンなランプになる

離婚して東京に戻ったのは37歳。川村さんの手作り暮らしを見ていた知人から、CMに使う造形の仕事を頼まれるようになった。しかし、プラスチックを多用するもの作りはどうにも気持ちが落ち着かない。やがてデザインとイベント美術の事務所を友人たちと立ち上げ、環境保護を中心としたボランティアの仕事もはじめるが、費用を削るため、イベント装飾には空き缶やペットボトルなどを使わざるをえないのも気にかかった。

お金をかけずとも、もっとナチュラルな、自然への負荷のない装飾はできるはずだ。山菜採りの山で見た野性のフジのピュアな美。秋の空を透かす紅葉の色。そんなものを伝えられたら……。いつしかそれは、大きな課題となっていた。

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