確かに小川さんにとって、「作る」ということは日常なのである。近所で拾ったもの。街で見つけたフリーペーパーや、もらいものの画集。壊れた道具。すべてがインスピレーションの源泉。目の前にあるものをもとに、ふとひらめけば、作る。金属やプラスチックを加工することも、歯科医という職業柄、お手のものだ。いったん作ったものもまた、ひらめきに応じてしばしば姿を変える。
「僕にとっては、ゴミも宝も同じ。不要のものなどなにもない」
40歳で、ついに母屋の横にアトリエ「コイノニア」を建てた。制作した作品を置くだけでなく、日々くつろぎ、思索し、ときには近隣はもとより海外からも友人が訪れる場だ。いつでも気軽に中に入ってもらえるよう、親しい人々には合鍵を渡した。その数は、いつしか700本を超えるに至ったという。
「人と話すのが好きですね。いくつもの出会いを通して、人生は豊かになる。人やものとの出会いには、偶然はないと思うんです。僕自身、そこから大きなエネルギーを得てきました」

このアトリエを基地に多くの人と交流が深まった。その結果のひとつとして、50歳の時には個展を開催。写真撮影やダイレクトメールのデザインなどを頼まれることは今も多いという。
アーティストをめざそうと考えたことはなかったのだろうか。
「油彩をはじめた大学生の時から、天賦の才などないのはわかっていたから。好きなはずのことが苦しみになるのはつらい。楽しく遊びながら、ずっと続けていきたいと思っているんですよ」
ユニークな改装を施した2CVも、愛あればこそ。最近は、ぶつけられてへこんだフロント部を直し、履き古した靴をクッション代わりに取り付けた。針金で作ったシトロエンマークも、ちょっとした自慢だ。
「壊れて、手を入れて、ようやく本当に自分のものになっていく。それは、どんなものも同じ。売っているままの品なら、誰でも持っているでしょう。僕は、ものの奴隷にはなりたくないんです」

診療所が休みの週末など、ギャラリーをめぐって都内を走ると、声をかけてくるフランス人も少なくない。自国の名車を、ここまで自由に楽しんでいる様子に感動してくれるのだ。こうしてまた、新しい出会いも生まれていく。
「昨日と今日と明日の3日分を考えていると忙しいでしょ。僕は今日のことだけを考える。だから、日々を楽しむ時間もできる。今を精いっぱい生きていれば、悔やむことは何もないんですよ」
明るく話す小川さんだが、実は取材の数日前、難病を患っていた娘の未生(みお)さんを亡くしたばかり。「今を精いっぱい楽しむ」とは、カメラに打ち込んだ娘の生き方であり、見守ってきた家族のことでもあったのだ。
未生さんも幼少期から親しんだ車は、次々と新たな手を加えられながら、今日も街を走る。アトリエ「コイノニア」も、不思議なアート作品が増えるたびに姿を変えていく。二度とない今を楽しむ、という小川さんの姿勢は、決して変わらない。


たいていのものは自分で作ってしまうという小川さん。アトリエのテーブルには、アーティスティックな指輪もいくつも置いてある。青い石はトンボ玉、真ん中の透明なものは割れたガラスコップを素材にしたもの。そして左は「部屋で退治したスズメバチを型取りしたんです」。ふだん、差し歯やブリッジなどを作成する歯科技工室では、金属の加工も簡単。2匹のスズメバチは見事、金のリングに……。「刺されると危険ですからね。僕も命懸けで作ったんですよ」

小川 力久(おがわ りきひさ)
1948年神奈川県生まれ。シトロエン2CVが最初に発表された年でもある。横浜外人墓地の隣で5歳まで暮らし、年の離れた兄が家業を継いだ後は、家族と千葉の現住所へ。中学生のころから歯科医を志す。日大入学後に油絵をはじめ、美術部の主将も務めた。小田原、小石川、有楽町の3カ所で経験を積んだのちに診療所兼自宅を建てて独立。各種のシトロエンに乗り、38歳で2CVのオーナーになる。以来、愛車を駆って近所での食事、買い物はもちろん、週末には都内のギャラリーめぐりや、知人の山の家へ。現在は、さきごろ亡くなった娘の個展準備を進めている。

1月31日にマルファン症候群の合併症により急死した未生さんが、生前から計画していた写真展。カメラには5年前から取り組み、徐々に評価を得てきた矢先だった。
ギャラリー古島 千葉市中央区春日2-25-11古島ビル2階 tel.043-243-3313
文 :秋川 ゆか
写真:伊田 淑乃
(更新日:2008年03月14日)
※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。