東京郊外の静かな住宅地に、近隣の人々がみな、庭に花が咲く季節を心待ちにする家がある。初夏と秋、その庭には100種類ものバラが次々と咲き競う。垣根越しに花を眺めていると、ときには室内からバリトンの朗々たる歌声も聞こえてくるかもしれない。
鈴木紘輝(ひろてる)さん・しおりさん夫婦の暮らしは、つねにバラと歌を中心に回っている。紘輝さんの歌は、学生時代以来途切れたことはない。しおりさんのガーデニングは、結婚してこの土地に住みはじめた35年前から続く。一人息子が就職で家を離れた今は、それぞれの趣味を楽しみながらの2人暮らしだ。
「退職して暇になるかと思っていましたが、グリーの仕事で毎日けっこう忙しいんです」と紘輝さん。
早稲田大学グリークラブは、昨年創立100周年を迎えた名門。OBが作る合唱団も数多い。紘輝さんは現在、そうしたひとつである「倶楽部グリー」の事務局長だ。役員で定年を迎えるまで勤め上げた会社に、週2日、顧問として出勤するほかは、クラブメンバーの会社の一角に置いた事務局に日々足を運ぶ。また、週末にはグリー仲間とともに母校のラグビー部の応援へ。
「いつも行くメンバー同士、グリーとラグビーをあわせて、『ラグリー部』と自称しています」

紘輝さんが男声合唱に親しむようになったのは、早大入学時からのことだ。子供のころから歌は好きだったが、高校まで合唱に興味はなく、文化祭でグリークラブの発表を聴いても「なんだ、こいつらと思うだけだった」。ところが大学で、入部希望の友人について見に行き、そのままメンバーに。
「そのころから名の知られたクラブで、レベルも高い。OBにはボニージャックスや岡村喬生もいます。男声合唱は、声域が狭いぶん分厚いハーモニーが出て、歌っていて気持ちがいいんですね」

クラブの人気は高く、その年の入部希望者は150人くらい。夏の合宿後には約50人が残った。1年生から4年生までの総勢は130人あまり。演奏会のステージに上れるのは、多くても80人だ。当時の紘輝さんのパートはベース。
「トップテナーとベースは人数が少ないから、1年の時からステージに乗れるし、演奏旅行にもけっこう行かせてもらいました」
通常は週に5日の練習。春と夏には合宿。演奏旅行では短くて2週間、長い時は1カ月近く、各地を公演しながらめぐる。
「男ばかりのハードなクラブ。体育会系文化団体です。だからこそ仲間の結束は固いし、卒業後もきずなが続きます」
卒業後も同期会や飲み会で始終集まっては、クラブソングを歌う。OBの合唱団で歌い続ける人々も多い。若いうちは仕事も忙しく、集まりにくい時期もあったが、50歳を超えたころからは、顔を合わせる機会も増えた。「倶楽部グリー」が誕生したのは3年前。紘輝さんが62歳の時だ。

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