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シンプルライフ

Vol.44 木工房を備えた高原の家で 8年目を迎えた「みそ作り」イベント 芝地正履さん・喜代子さんを訪ねて

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自宅の家具作りをきっかけに山の暮らしへ

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広いデッキには大勢の友人が集う

正履さんは、アマチュアのための木工クラブTAMA CRAFTの主宰者として、木工好きの間ではよく知られた存在だ。TAMA CRAFTでは、木工の個人指導を引き受ける他、自身で工夫した木工機器や、外国製の安価で使いやすい機器なども頒布する。全国に広がるクラブ会員は3千人近くにもおよぶ。

もともと木工のプロだったわけではない。大学を出て以来、携わってきた仕事は、大手メーカーの営業職。ただし、ものを作るのは好きだった。小学生のころにはじめた模型飛行機作りの趣味は、40歳くらいまで続いた。日本選手権大会はもとより、世界選手権にも幾度となく出場。デンマーク、アメリカ、オーストラリア、スペイン、旧ユーゴスラビア……さまざまな国での大会に、喜代子さんもともなって出かけたものだった。戦績では個人4位、団体3位まで達したという。翼の幅2メートルにもなる飛行機を、東京・世田谷の自宅で製作し、休日にはフィールドに出て飛ばす。

「でも、世界選手権ともなると、旧ソ連や中国など、国家の威信をかけて最新の素材を使ってくる。こちらは個人ですからかなうわけがない。それで、だんだんつまらなくなって」

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工房には自作や個人輸入の機器が多数

ちょうどそのころ、結婚時にそろえた家具も傷んできた。家具店を回ってもなかなか気に入るものがない。模型飛行機に替わって、木工への挑戦がはじまった。まだ当時の日本には木工の本もほとんどなく、すべて我流。

「最初のうちは、構造がなってなくてすぐに壊れたり、引き出しを引くと前面がパカッと取れたり。でも、どんどん上達していって」と喜代子さん。

ホームセンターにはいい機械がなく、丸ノコを利用したテーブルソーなども自作した。海外の機械も個人輸入しはじめた。やがて木工雑誌に寄稿するうち、問い合わせも増える。TAMA CRAFTを設立して、希望者に機械を分け、自宅で教室も開くようになっていった。

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引き出しは東京の庭にあったケヤキで作った

高原に別荘を建てたのは52歳の時だ。建物の横には工房をつくり、週末のたびに通った。

「休みは全部こっち。土日の100日に祝日や有給休暇を足して、年間150日は来ていましたね」という正履さんに、喜代子さんも「私も田舎が好きだし、日曜の夕方になると決まって、帰りたくないなぁと。主人も、55歳くらいからしじゅう、もう仕事辞めていい?と言ってたんですよ」と笑う。

ついに57歳で早期退職。生活の拠点を山に移した。

住まいの家具は、テーブルや食器棚、キャビネット、テレビ台、ベッドなど、すべて手作り。工房には、世田谷時代からの木工仲間はもとより、ホームページを見て興味を持った人も訪ねてくる。近隣の移住者とも交流の輪が広がった。こうして新しく、第二の人生がはじまっていった。

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