しかしこのかいわい、人が多い。石塀小路でたっぷりとゆったり京都風情に浸った身には若干こたえる。
「もうちょっと静かなところ行かはります? 縁切り神社ゆうて、めっちゃローカルな神社が近くにあるんどすけど」
ということで、再び石塀小路を通り、祇園方面へ。通称、縁切り神社。正式名称を安井金毘羅(こんぴら)宮という。「男女の縁はもちろん、病気、酒、煙草、賭事など、全ての悪縁を切って」(同神社ホームページより)くれる
――つまり、悪縁を断ち切り良縁に出合えるというご利益があるらしい。
「男女の仲で悩んだ祇園の妓がここに来て、いろんなことをお祈りしはったそうどす。何か願い事していかはります?」と小喜美さん。では、と二人で願い事を札に書いて奉納し、手を合わせる。
金毘羅宮の裏手に回ると、祇園甲部歌舞練場に出る。芸舞妓の舞の練習場として建てられたもので、京都の4月の風物詩「都をどり」の会場となっている。「都をどり」とは、4月1日から30日までの1ヵ月間、祇園甲部の芸舞妓が総出演し、井上流(京舞)の舞を披露する舞台。明治5年に第1回が始まり、今年で135回目を迎える。観(み)る側としては雅(みやび)なものだが、演じる側は相当きついそうだ。
「都をどりは毎年新作の舞に楽曲どすし、覚えるのはそら大変どすねん。忘れたら大変やから、お酒も控えますぇ。期間中は、1日4ステージ、シフト制で出番が決められてて、鳴り物と舞で多い年には25日は舞台に立つんどす。普段はしゃなりしゃなりでほとんど使ってない筋肉を使うんで、栄養ドリンクと湿布は必需品」
そんなときでも、人前に出れば芸妓らしく、ほほ笑みを絶やさないのが祇園の芸舞妓の務め。それでも、「観に来てくれはったお客さまから、よかったでと言ってもらえるのがうれしいんどす」と小喜美さんはいう。
祇園甲部歌舞練場から建仁寺の境内を通り抜け、鴨川を渡り、錦市場へ。安土桃山の時代から続く、京の台所である。京野菜、漬物、豆腐、鮮魚、茶、乾物など、あらゆる食材、惣菜が白熱灯の下でおいしそうにこちらを見ている。気づけばもう、夕飯どき。「あかんあかん!今太ったら大変どすねん」と、おいしい匂いの誘惑から小走りで逃げる小喜美さん。そういう姿はやっぱり28歳の女性らしく、微笑を誘われた。
「1時間くらい手放してくれはったら、鬘(かつら)かぶってきますさかい。それからご飯食べに行きましょか?」
1時間後。再び祇園、辰巳神社。
タクシーが停まり、ドアから降りてきたのは、本物の、まさにテレビや写真で見る「芸妓さん」。「そんなに驚かんといてください。「あんまり変わらん」て言われるのどすけど……」
――いやいや、あなた自身は鬘をかぶる前とそれほど変わらないけど、周りの世界が一変したのに気づきませんでしたか?
やはり彼女は自分でも言うように「歩く京都伝統工芸品」なのだと改めて実感する。まるで芸能人を見かけた時のように携帯やカメラを向ける人々。それを慣れた様子でほほ笑みでかわす。世界遺産の名刹に向ける視線のように、彼らの視線は彼女を追う。そんな存在であるがゆえ、彼女たちは「一見お断り」というルールに守られながら、芸を磨き、一生懸命に生きている。
京都で舞妓・芸妓をエスコートできるステイタス。かたわらに膨らむ桜のつぼみを一緒に見上げるぜいたく。一緒にご飯を食べる、そのテーブルの向こうに芸妓さんがいる美しさ。これぞまさに、世界遺産のない、電車にもタクシーにも乗らない、京都観光ガイドもない、大人の「極上の」京都散歩ではないだろうか――そうか、だから人は春の京都へ向かうのか。
通常、舞妓さん、芸妓さんと遊ぶには、芸舞妓が所属している置屋さんを通す必要がある。この置屋さん、一般的には「一見さんお断り」のため、いざ遊びたいと思っても実際には難しい面がある。このような場合は、宿泊している宿や料理屋を通じて、お座敷に呼んでもらうと話が早いことが多い。「一見さんお断り」とは、いわば、身元の確かさを保証してくれる人がいればOKということで、余計なトラブルを避け、楽しく気持ちよく遊んでもらうための仕組みだからだ。また、芸舞妓と一緒にお酒が飲めたり、写真撮影ができたりといった観光用にアレンジされたプランを提供しているところもある。
お座敷の場合は、芸舞妓1人あたり5万〜9万円くらいが目安。観光用にアレンジされたプラン(1時間程度、写真撮影と会話など)で1万〜3万円くらいが目安となる。


山口小喜美
京都祇園甲部芸妓。本名、山口公女(きみじょ)。1978年生まれ。徳島県出身。
実家は洋服店を営むが、幼いころから着物への憧(あこが)れが強く、中学卒業と同時に、祇園の置屋の門をたたく。20歳まで舞妓として活躍し、同年、芸妓へ。
今年2月には、祇園芸妓としての日々の出来事や思いをつづった著書「すっぴん芸妓〜京都・祇園のうっかり日記〜」〔定価1200円(税別)/ローカス〕を出した。

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