
ジョン・レノンが生きていれば、ことし66歳。リアルタイムで4人を知る世代から、リバイバルヒットした数々の名曲でとりこになった30代、40代もいる。そんなビートルズ世代が集うのが、「どらく」だ。1966年、世界を席巻したザ・ビートルズが来日し、厳戒態勢の中、計約5万人が東京・日本武道館で公演を見た。あのときの目撃者、「どらく」ピープルたちは、何をいま思うのか――。公演・滞在こぼれ話などを間にはさみながら、7回にわたって報告します。「どらく」編集長によるドクダンのアルバム・レビューとともにお楽しみください。
さて、第3回の今回は――。ようやく手に入れた入場券を握りしめ、日本武道館に駆けつけたもうひとりの高校生、ギタリストの仲井戸麗市(なかいど・れいち)さんの強烈な記憶から。

公演は都内の私立男子高校1年生のとき、学校を早退してバンド仲間と行った。「落ちこぼれだった。女の子に興味はあるけどロックンロールはそれ以上だった」。新宿の楽器屋やレコード屋に入り浸っていた。
「ビートルズを好きだったのはクラスに2、3人かな。日本中の若者がひっくり返ったような騒ぎだったと伝えられているのは相当語弊があるね」
中学生のとき、ある日突然、ラジオから聞こえてきた「シー・ラヴズ・ユー」が始まりだった。「イェーイェーいってる叫び声が印象的だけど、光と影を持ち合わせる独特のにおいがした」。エレキギターとビートルズは大人たちにしかられてもやめなかった。落ちこぼれが自分で手に入れた初めての意思だと自負している。
不思議なことに来日と聞いて悲しい気持ちにもなった。「来るってことは帰ること。もう2度と来ないんじゃないかと」
チケットを手に入れる方法はいくつかあった。「夢見るシャンソン人形」がヒットしたフランス・ギャルという歌手の公演チケットを買ってビートルズのチケットを手に入れる権利をもらい、抽選に当たった。
北西スタンド最上階に近い席。リンゴがバス・ドラムをたたくのがよく見えた。「一瞬で終わったような気がした。周りの女の子は泣いていたけど、おれも気持ちの中では泣いちゃっていた」
計5回の公演には三島由紀夫や北杜夫ら著名人も来た。「あんなのは音楽じゃない的なコメントが目立ったけど、ふざけるなと思ったね。おれにはちゃんと歌や演奏は聞こえていた。彼らは聞こうとしていなかった」
4人が滞在した5日間、宿泊した東京ヒルトンホテル(現キャピトル東急ホテル)をファンが取り巻いた。その輪の中にいた。女性警官から「学校どうしたの? 家に帰りなさい」と注意された。車で出かける4人を見た。当時、金髪にしていたジョンは赤い毛に見えた。左手を振ったのはポールだった、と信じている。
「会えるわけがない幻を追いかけていた5日間だった。無邪気に好きだったのは来日公演までだったような気がする」
プロミュージシャンになっても「ビートルズは教科書」という。
公演の1曲目は「抱きしめたい」かなと思っていた。その他の曲も意表をつく選曲だった。「いまはすごく理解できるね。何百回と演奏した曲より、やっぱ新曲やりたかったりするよね」
プロフィール
仲井戸 麗市(なかいど・れいち)
50年東京生まれ。誕生日はジョン・レノンと同じ10月9日。デザインスクール在学中、「古井戸」を結成。79年「RCサクセション」に加入、91年にユニット「麗蘭(れい・らん)」を組む。現在はソロ活動が中心。
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