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ジョン・レノンが生きていれば、ことし66歳。リアルタイムで4人を知る世代から、リバイバルヒットした数々の名曲でとりこになった30代、40代もいる。そんなビートルズ世代が集うのが、「どらく」だ。1966年、世界を席巻したザ・ビートルズが来日し、厳戒態勢の中、計約5万人が東京・日本武道館で公演を見た。あのときの目撃者、「どらく」ピープルたちは、何をいま思うのか――。公演・滞在こぼれ話などを間にはさみながら、7回にわたって報告します。
「ビートルズの目撃者」第4回は、日本武道館でのライブではない、知られざる日本での演奏について。ビートルズは東京・永田町の東京ヒルトンホテル(現・キャピトル東急ホテル)に5日間滞在した。ほぼ缶詰状態だった彼らにとって、息抜きになったのが、同ホテル内にあったナイトクラブ「スターヒル」での飛び入り演奏だった。
(次回第5回は、仕事としてビートルズにかかわり、武道館公演も見たニッポン放送元DJで現相談役の亀渕昭信さんが登場します)
当時、ウエーターだった現横浜ベイシェラトンホテル&タワーズの村松徹総支配人(62)によると、来日した翌日の6月30日午後10時すぎ、ジョンを除く3人が従業員用エレベーターで地下1階まで降りて調理場に現れたという。この日午後6時半からの初回公演を終えて、ほとんど間がなかった。
店内ではビブラフォーン奏者・平岡精二のバンドが出演していたが、ポールらは「演奏していいか」と尋ねたという。店側はその場にいた客に事情を説明し、ドアを閉めて出入り禁止にした。
何を演奏したのか曲名は分からなかった、という。左利きのポールに合うギターはなかったようだ。リンゴはドラムをたたいていた。「ステージと10メートルもない至近距離で彼らを見られたのですから、その場にいた客は幸運だったと思います」。店が閉まる同11時までの即興演奏会だった。
ポールらは別の日にも夜の公演が終わってホテルに戻った後、再びクラブに現れて短い演奏をしたという。
6月24日から、最後となってしまうワールドツアーがスタートした。最初の公演地ドイツ(公演はミュンヘンなどで3回)をへて、来日は29日の午前3時40分。その夜にホテルで共同記者会見し、「日本については本で読んだ程度で、よくは知らないんだ」と答えたポール。宿泊したホテルの部屋は広かったとはいえ、「日本武道館以外に出歩いたら、みなさんの身の安全の保証は持てない」と警察当局にまで言われていた彼らは、ストレスがたまったのだろう。ホテルでの即興演奏は、ビートルズをかたちづくった地元リバプールのキャバーン・クラブで演奏しているような気にさせられたはずだ。
2回目の公演は7月1日の午後2時からだった。即興演奏したことで吹っ切れたのか、この日の午前、わずかな時間を利用して、ポールはホテルにほど近い皇居前の広場を散歩し、ジョンは原宿や六本木に足をのばし、美術店などを楽しんだ。
4人の泊まったスイートのいま
離日する7月3日まで泊まったホテル最上階にあるプレジデンシャルスイートは、ことし11月末に消える。来日3年前の63年に開業した同ホテルだが、周辺の再開発事業でクローズするためだ。
208平方メートルというマンション3戸分ほどの広さの部屋は、いまも当時の面影を残す。
8月の1カ月間は、通常43万8900円のこの部屋が11万5500円(税・サービス料込)で泊まれる「ビートルマニア宿泊プラン」を実施中。この予約は予約受付からわずか10分で完売した。





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