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どらくスペシャル

ビートルズの目撃者

自由なき滞在 絵で発散 〜1005号室で生まれた名作

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ジョン・レノンが生きていれば、ことし66歳。リアルタイムで4人を知る世代から、リバイバルヒットした数々の名曲でとりこになった30代、40代もいる。そんなビートルズ世代が集うのが、「どらく」だ。1966年、世界を席巻したザ・ビートルズが来日し、厳戒態勢の中、計約5万人が東京・日本武道館で公演を見た。あのときの目撃者、「どらく」ピープルたちは、何をいま思うのか――。公演・滞在こぼれ話などを間にはさみながら、7回にわたって報告します。

ザ・ビートルズは来日した5日間、コンサート以外のほとんどの時間を東京ヒルトンホテル(現キャピトル東急ホテル)で過ごした。そこで4人は、数枚の絵を描き残した。彼らが宿泊した1005号室のプレジデンシャルスイートを訪れた日本人もそれらの絵を目にしていた。

写真
プレジデンシャルスイート(1005号室)で水彩画を描くジョン・レノン(手前)とポール・マッカートニー

大阪府に住む会社役員(56)は20年前、「イメージ・オブ・ア・ウーマン」(53センチ×80センチ)と題するビートルズの絵を競売で落札した。サイケデリックな色調が目を引く水彩画だ。

「4人が来日したとき宿泊したホテルで描いた絵。マニアとしては究極の1点ものだった」

1枚のキャンバスに4人が四隅から描いて、中央にサインを残した。当時日本にあった公認ファンクラブ会長を部屋に招いて贈った。

おれの目の前で絵描いた4人

加山雄三さん

俳優の加山雄三さんが、この絵の制作現場に立ち会っていた。ビートルズが来日した6月29日の夕方、東芝レコード役員らと訪ねた。新作のレコードを聴いたり、すき焼きの食べ方を教えたりした。

「誰かが絵を描きたいといったら、あっという間に道具がそろった」。机の周りに4人がいすに腰掛けて30分以上は描いていた。4人のサインがある丸い部分はデスクライトが置かれていた。「その部分をどうするのか楽しみにみていたが真っ白のままだった。おれの心の中には、彼らがおれの目の前で絵を描いたという誇りがある」

当時はビートルズ批判派とみられてもいたが、「音楽的に優れたやつらだとは思っていた。本当にそう思うようになるのは会った後だ」。

爆発したジョン「もう解散だ」

星加ルミ子さん

ミュージックライフ編集長だった星加ルミ子さんは7月2日昼公演の前に訪れた。前年、ロンドンで単独インタビューに成功していた。

ファン投票で1位に選ばれた記念の盾を渡して写真を撮るのが目的だった。部屋に入るとジョージが「ハーイ、ルミ」と名前を呼んで出迎えてくれた。

ジョンから「日本の子どもは何が好きなんだ」と聞かれ、ブームだった漫画「おそ松くん」に登場するイヤミの手足を曲げてする「シェー」のポーズを彼らに教えた。

4人は自由に行動できない公演旅行の生活にうんざりしていた。リンゴは「こんなに稼いでいるのに、いったいどこでお金を使えばいいんだ」と嘆いた。ジョンは「世界中に足を運んでも窓から見る景色しかしらない」とヒステリーを起こし、「もう解散だ、解散だ」と叫ぶのを聞いた。マネジャーのブライアン・エプスタインから「いまの発言は絶対に書くな」と真顔で頼まれた。

「無題」
ビートルズの絵「無題」

部屋には数枚の絵が乾かしてあった。完成したと思われる画用紙程度の小品4枚がいすの下やテーブルの上にあった。エプスタインが「捨てるよ」というのでもらうことにした。二つ折りにして盾を入れてきた箱にしまったが、置き忘れてしまった。

昨年8月、札幌市の貿易会社長(57)は都内の友人を介してビートルズの1枚の絵「無題」(53.8センチ×79センチ)を手に入れた。星加さんが絵を手にする写真が載ったミュージックライフ66年8、9月号が証明書だったが、星加さんがもらった絵とは違う大きな作品だ。パステル、水彩、水性ペン、鉛筆の4種類で描かれている。7月8日から札幌で展示会が開かれる。

「美術的価値よりも彼らが日本で描き残した点に価値があり、札幌にあることに夢がある」

離日前夜の取材 もらった絵は

湯川れい子さん

音楽評論家の湯川れい子さんは、4人が離日する前日の7月2日午後10時前に訪れた。週刊読売の契約記者としてホテルの9階に寝泊まりして機会をうかがっていた。最後は知人だったプロモーターに泣きついた。「4人がほしがっている、武道館と日本語で書かれた腕章を手渡す」という口実を作ってくれた。

いつ部屋から追い出されるか内心ドキドキしながら雑談をつなげていった。取材の証拠にリンゴとのツーショットを撮り、最後に4人が描いた絵をもらって別れた。

「赤と黒の線で描かれた小品。4人は自分たちには絵の才能はない、と話していた。公演主催者の読売が来日記念展覧会に使うから貸してくれ、と持って行ってそのままになってしまった」

ハウスキーピングの責任者だったホテルの元従業員(73)によると、4人がチェックアウトした後、部屋には鉛筆の黒い線で描かれたような絵が数枚残されていたという。その場ですべて同僚にあげてしまった。行方はわからないという。

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