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どらくスペシャル

ビートルズの目撃者
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編集長この一枚あの一枚

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さて、早いもので最終回。ドクダンに充ち満ちた、おススメの3枚…もとい、今回は残り4枚を。
今宵、一杯かたむけながら、針を落としてみませんか…。
デビューアルバムの「プリーズ・プリーズ・ミー(PLEASE PLEASE ME)」、最高傑作とうたわれる「リボルバー(REVOLVER)」、どん底期にこしらえた「イエロー・サブマリン(YELLOW SUBMARINE)」、そして、わたしたちの前に最後に登場した「レット・イット・ビー(LET IT BE)」をお届けします(最終回)

■プリーズ・プリーズ・ミー(PLEASE PLEASE ME)
1963年3月22日発売

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わずか7年しかレコーディング・キャリアをもたなかったビートルズの、記念すべきファーストアルバム。アルバムの表紙におさまった、ロンドンのEMI本社ビルの吹き抜けから下をのぞきこむ4人の表情は前途洋々として、自信にあふれている。

1960年代初頭、英国はポップス興隆の地というわけではなかった。ロックンロールという若者の魂を揺さぶる表現方法は1954年、エルビス・プレスリーらによって米国で生まれた。英国のポップスは世界からは見下されていて、それがまた、英国のバンドがオリジナリティーを形成する力を生み出せない理由ともいわれていた。

4人が育ったリバプールは音楽の素になるものは何もない――そんな歴史がいまでも伝わる。だが、実はこの港町のマージー河地区は当時、300ものバンドが活動していたという。互いがしのぎを削り、スタイルを奪い合い、ゴキゲンな音楽を作り続けていた。そのうちの一組のバンドがビートルズだった。

ビートルズはだれひとりとして正式な音楽教育は受けていなかったが、ロックンロールに吸い寄せられ、信じられない力を発揮していく。ブライアン・エプスタインというマネジャーに見いだされ、小さかったとはいえ「バローフォン」というレコード会社と契約できたという二重の幸運が彼らを一躍スターダムにのし上げていくわけだが、それは偶然の産物ではない。 ほかのバンドを蹴散らす底知れない才能と野心、発想と行動があったからだ。何より、彼らはエルビス・プレスリーより有名になりたかった。このアルバムはわずか12時間で録音されたが、ジョン・レノンとポール・マッカートニーは曲作りに異常にのめりこみ、デビューまでに捨てた曲は50曲〜100曲もあったといわれる。

それを支えたのは、いまとなってはうさんくさく聞こえてしまうが、長いライブ活動でつながった4人の信頼関係だった。

ポールのカウントからはじまる「I Saw Her Standing There(アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア)」から、曲数が足りなくなって急遽(きゅうきょ)録音したジョンの絶叫ナンバー「Twist And Shout(ツイスト・アンド・シャウト)」まで、ライブ感覚にあふれたフルスピードの演奏は、ガレージバンドとして出演を続けたキャバーン・クラブで発散されたエネルギーと同質のものを感じずにはいられない。

ロックンロールの歴史は結局、「ビートルズ以前」と「ビートルズ以後」で語られていくことになるが、「以前」の音楽を総括・集大成化したのが彼ら4人であり、「以後」の音楽界はビートルズなくしては成立しなかった。そのビートルズの出発点が、このアルバムだった。

アルバムINFO

【A面】
I Saw Her Standing There(アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア) Misery(ミズリー) Anna(Go To Him)(アンナ) Chains(チェインズ) Boys(ボーイズ) Ask Me Why (アスク・ミー・ホワイ)Please Please Me(プリーズ・プリーズ・ミー)

【B面】
Love Me Do(ラヴ・ミー・ドゥ) P.S. I Love You(P.S.アイ・ラヴ・ユー) Baby It's You(ベイビー・イッツ・ユー) Do You Want To Know A Secret(ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット) A Taste Of Honey(蜜の味) There's A Place(ゼアズ・ア・プレイス) Twist And Shout(ツイスト・アンド・シャウト)

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■リボルバー (REVOLVER)
1966年8月5日発売

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最高傑作のひとつといわれるのが、66年4月から6月にかけ1カ月間を費やして制作されたこの7枚目のアルバムである。

「キリストより有名」というジョンの発言に端を発した一連の排斥運動など、世間との間で引き起こされるトラブルにうんざりし、そもそもライブ演奏に疲れ果てた4人が、逃避、幻滅、屈折、不安、あるいは純粋というキーワードを散りばめ、当時の自分たちを表現した。

ドラッグ体験などから次々生まれてくる斬新なアイデアをかたちにしていくには、すでに人前で笑顔をこしらえて演奏するツアーは必要ではなかった。その作業を完遂する場所は、スタジオという密閉され、空想をはぐくむ空間だった。楽器や声の音色を自在に変化させるエフェクト装置や、演奏に厚みを持たせる新しいオーバーダビング技術の開発が、彼らのそんな実験を強力に後押しした。

そういう意味からすると、レコーディング直後に行われた日本公演での彼ら4人は、アイドルに熱狂するファンにとってみれば、見知らぬ世界を彷徨(さまよ)う抜け殻だったともいえるのかもしれない。ちなみに、アルバムタイトルは、日本公演で警備にあたった警察官の短銃から着想したともいわれている。

最初に録音されたのは、実はB面最後におさめられた「Tomorrow Never Knows(トゥモロー・ネバー・ノウズ)」だ。そもそも、この曲には「The void(空っぽ)」という仮題がついていた。それは、前作「ラバー・ソウル」でロマンチックに表現された「人生の謳歌(おうか)」が、突き詰めていくと、死をも想念させる「空っぽ」に到達することに、疲弊した4人は気づいたのだ。

「空っぽ」はこのアルバムの通奏低音となって流れており、表面的には明るいポップな曲であっても、それぞれの曲にかたちを変えて織り込まれてゆく。

そして、この最終曲から再びA面冒頭の「Taxman(タックスマン)」へめぐっていくと、それは現代社会に対するストレートな幻滅というかたちになってあらわれ、その先に、東洋的な思索にもとづいた内省的な原始宇宙を目の前に映し出してくれるのだ。

アルバムINFO

【A面】
Taxman(タックスマン) Eleanor Rigby(エリナー・リグビー) I'm Only Sleeping(アイム・オンリー・スリーピング) Love You To(ラヴ・ユー・トゥ) Here, There And Everywhere(ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア) Yellow Submarine(イエロー・サブマリン) She Said She Said(シー・セッド・シー・セッド)

【B面】
Good Day Sunshine(グッド・デイ・サンシャイン) And Your Bird Can Sing(アンド・ユア・バード・キャン・シング) For No One(フォー・ノー・ワン) Doctor Robert(ドクター・ロバート) I Want To Tell You(アイ・ウォント・トゥ・テル・ユー) Got To Get You Into My Life (ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ) Tomorrow Never Knows(トゥモロー・ネバー・ノウズ)

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■イエロー・サブマリン(YELLOW SUBMARINE)
1969年1月17日 発売

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ライブ演奏をしないビートルズにとって、映画契約は大きな壁になった。4人は「ビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!(A HARD DAY'S NIGHT)」と「ヘルプ(HELP!)」の2本の映画に主演していたが、配給したユナイテッド・アーティスッ社とはまだ1本の契約が残っていた。マネジャーのブライアン・エプスタインは、思案の挙句、契約の映画は、アニメでいこうと考えた。というのも、すでにレコーディングしてある曲を劇中に使えば、新しい曲を聴きたい、ライブコンサートに行きたいというファンの欲求を上手にそらすことができると考えたからだ。

サントラであるこのアルバムの新曲はだから、A面の冒頭の「Yellow Submarine(イエロー・サブマリン)」と最後の「All You Need Is Love(愛こそはすべて=オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ)」にはさまれた4曲のみ。その出来は…必ずしも120%の内容とは言いがたい。

新曲とはいえ、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND)」で使われずにお蔵入りになっていたジョージの「Only A Northern Song(オンリー・ア・ノーザン・ソング)」があるし、同じジョージ作の「It's All Too Much(イッツ・オール・トゥ・マッチ)」はジミヘンを思わせるギターソロで驚かすがあとは退屈。ポールの「All Together Now(オール・トゥゲザー・ナウ)」もいわんとするとこは分かるが、表面をなぞって深みに欠けている。ジョンの甘ったれた部分があらわれているものの、「Hey Bulldog(ヘイ・ブルドッグ)」がリズミックなリズム・アンド・ブルースとして成り立っていることがすくいだろう。

さらに、アルバムのB面は、ジョージ・マーチンが子供のころからの夢だったというオーケストラによる映画音楽を押し込めた。

アルバムの発売は英国での映画公開(68年7月)から半年も後のことだし、新曲の録音さえ67年2月からの1年間。れっきとした10枚目のオリジナルアルバムだが、なんとなく、旬に欠け、となりの出来事と感じてしまう。

ただ、見方を変えれば、こうしたどん底期のアルバムがあるからこそ、次作の通称ホワイト・アルバム、「ザ・ビートルズ(THE BEATLES)」がいっそう引き立つともいえる。

アルバムINFO

【A面】
Yellow Submarine(イエロー・サブマリン) Only A Northern Song(オンリー・ア・ノーザン・ソング) All Together Now(オール・トゥゲザー・ナウ) Hey Bulldog(ヘイ・ブルドッグ) It's All Too Much(イッツ・オール・トゥ・マッチ) All You Need Is Love(愛こそはすべて=オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ)

【B面】
Pepperland(ペパーランド) Sea Of Time(シー・オブ・タイム) Sea Of Holes(シー・オブ・ホールズ) Sea Of Monsters(シー・オブ・モンスターズ) March Of The Meanies(マーチ・オブ・ザ・ミーニーズ) Pepperland Laid Waste(ペパーランド・レイド・ウエイスト) Yellow Submarine In Pepperland(イエロー・サブマリン・イン・ペパーランド)

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■レット・イット・ビー(LET IT BE)
1970年5月8日 発売

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ご存知のように、ビートルズ最後のアルバムではない。この「レット・イット・ビー(LET IT BE)」が録音されたのが69年1月で、「アビー・ロード(ABEEY ROAD)」はそれから半年後の同年7月。「ラス前」だから感傷的にならないというファンもいるだろうが、それでも、このアルバムが胸を突くのは、最後に発売され、わたしたちのもとに届けられたアルバムだからだ。

もともと「ゲット・バック(GET BACK)」というタイトルで、曲作りをしている自分たちの姿に続いてライブコンサートで終わるドキュメンタリー映画と、そのサウンドトラックを組み合わせた企画だった。古いロックンロールの曲も採り入れて、自分たちのルーツもあらわしたいと考えた意欲的な仕事だ。

しかし、レコーディングと同時並行して制作された映画を観ると、このころの4人の精神状態がおよそフツーでないのが分かる。

そこには、ヨーコ・オノの存在があった。アルバム制作のすべてにおいて強引で、ライブ演奏をしない「死んだビートルズ」に嫌気が差して盛んに「ライブコンサートをしよう」と誘うポールと、他の3人の確執があった。映画の場面で、ジョージがポールの音楽性について、低い声ではあるが、聞こえよがしに切り返す場面がある。ジョージはこう言う。「わかったよ、君がやってほしいっていうのなら、なんでもやるさ。やるなということは、一切やらないさ。君を喜ばすためなら何でもするよ…」と。

解散から36年、最近、映画を再び観たが、その感は変わらない。この後4人は奇跡的ともいえる「アビー・ロード」を作り上げることになるだけによけい、まとまりのないアルバムとか散漫な作りのアルバム、などとレッテルを貼られている。

しかし、おさめられた12曲のどれを駄作と呼べるのだろう。アルバム発売前にシングルカットされていた看板曲の「Let It Be(レット・イット・ビー)」や「ゲット・バック(Get Back)」をはじめ、「Across The Universe (アクロス・ザ・ユニバース)」には天上を、ジョンが19歳のときに作った「The One After 909(ワン・アフター・909)」には人間という塊がもつエネルギーを、そして、ジョージのあえて大げさなトーンをもつ「I Me Mine(アイ・ミー・マイン)」には情念を、それぞれ感じずにはいられない。ただし、残念なのは、アルバムを発表するために新しく雇われたフィル・スペクターのアレンジにそもそも難点があることだが。

30時間近いレコーディングをしたが、内容に満足はいかなかったようだ。しかし、アルバム制作の企画が1年以上も棚上げされたにもかかわらず、4人はそのレコーディング素材をちゃんととっておいた。それは、自分たちの演奏に「何か」を感じていたからだろう。

その答えは、映画で最後に登場するアップル本社の屋上で行われたライブ演奏にある(結局、当初の企画にあったコンサートは実現せずに、ゲリラ的なライブ演奏という形になった)。スタジオではお互い口もきかない状況だったが、このライブが始まると、4人ともどんどんリズムに乗り、グルーブしていく。人前で演奏する喜びを思い出し、それがまた、ゴキゲンなノリを生んでいく。

ロック史上に輝く名曲「ゲット・バック(Get Back)」。演奏が終わると、ジョンはこう口を開いて、みんなを笑わせる。

「I'd like to say thank you on behalf of the group and ourselves,I hope we passed the audition…(グループになりかわりまして、お礼をいいたいと思います。これでオーディションに受けるといいんですが…)」

最後になって、「ゲット・バック」、むかしに戻ろう――と結んだのである。

アルバムINFO

【A面】
Two Of Us(トゥ・オブ・アス) Dig A Pony(ディグ・ア・ポニー) Across The Universe (アクロス・ザ・ユニバース) I Me Mine(アイ・ミー・マイン) Dig It(ディグ・イット) Let It Be(レット・イット・ビー) Maggie Mae(マギー・メイ)

【B面】
I've Got A Feeling(アイヴ・ガッタ・フィーリング) The One After 909(ワン・アフター・909) The Long And Winding Road(ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード) For You Blue(フォー・ユー・ブルー) Get Back(ゲット・バック)

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(注)ここで取り上げているのは、すべて英国版オリジナルアルバムです。
参考文献:「TELL ME WHY」(Tim Riley)、各ライナーノーツ

ビートルズを知るために

 ビートルズ公式サイト

 東芝EMI

プロフィール

小野 高道(おの・たかみち)

「どらく」編集長。1958年、東京生まれ。獅子座のB型。1984年、朝日新聞社に入社し、東京本社社会部、「be」副編集長などをへて、現職。じつはクラシックもジャズも、リズム&ブルースも、好き。ことばとは裏腹に「優柔不断」が信条?

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