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どらくスペシャル

ビートルズの目撃者

「非日常」を撮る 「一瞬」に学ぶ〜浅井慎平さん(最終回)

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ジョン・レノンが生きていれば、ことし66歳。リアルタイムで4人を知る世代から、リバイバルヒットした数々の名曲でとりこになった30代、40代もいる。そんなビートルズ世代が集うのが、「どらく」だ。1966年、世界を席巻したザ・ビートルズが来日し、厳戒態勢の中、計約5万人が東京・日本武道館で公演を見た。あのときの目撃者、「どらく」ピープルたちは、何をいま思うのか――。公演・滞在こぼれ話などを間にはさみながら、7回にわたって報告します。「どらく」編集長によるドクダンのアルバム・レビューとともにお楽しみください。

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ザ・ビートルズをリアルタイムで聴いた世代にとって、音楽は世界を広げるドアだった。「ビートルズの目撃者」最終回の第7回は、日本公演の到着から離日までを撮り続けた写真家の浅井慎平さんに、ファインダー越しの「ビートルズ」を語ってもらった。

写真

写真集「ビートルズ東京 100時間のロマン」は、当時の写真界からはまったく評価されず、ほろ苦いデビュー作品となった。

まるで違う星でつくった音楽に聞こえた彼らの魅力を、写真で表現したいと思っていた。直前になって主催者から「もしかしたら撮れないかもしれない」と告げられる。ならばあらゆるものを記録しようと決めた。

台風の影響で飛行機の到着が遅れた。どこに着くかギリギリまでわからず、最後は羽田空港の滑走路を走り、4人がタラップに登場する場面に間に合った。

ホテルの同じフロアに寝泊まりした。4人が公演に出かけるとベッドルームに入って、のみ差しのビール瓶や灰皿、食器も撮った。4人の動きを探るため自分の部屋のドアを少しあけて枕を挟んで寝た。赤いパンツ姿で廊下を歩くジョンの姿を明け方にとらえた。最初で最後の盗撮だという。

彼らを部屋で撮影できたのはわずか2時間。空気のような存在になり、まばたきするように撮った。「写真を撮られるのと撮られてしまったでは違う」

頂点にのぼり詰めて虚無感が漂う若者たちだった。それがステージに上がるとスターになる。

「リアルに目の前にいるけど、入り込めない非日常的な世界。ぼくの写真集には、そのにおいが残っている」

あの撮影で写真を撮る「一回性」を身につけた。成功、失敗ということを超えてやるしかなかった。

シャッターチャンスは限られる

写真集は「60年代を代表する本」として後年、評価が高まった。

「ビートルズも最初は評価されなかった。自己に忠実であることが表現者にとってどんなに大切でどんなに難しいことなのか、ビートルズはやってのけた。ぼくはそれを見た。自己に忠実ならばいつか評価されることを教わった」

81年、広告ポスターのためチャック・ベリーを撮る。「何枚撮りたい」と聞かれ、「8カット必要だから3ロール(1ロール36枚)」と答えた。

「8カットなら8枚だろう」「じゃあ何枚ならいい」「15枚」。一発ぱっと撮ったら「ワン(One)」。目が笑っていない。15枚撮ると彼はギターを置いてしまった。

ものすごい緊張感だった。ビートルズのときの経験が生かされた。

プロフィール

浅井慎平 (あさい・しんぺい)

37年愛知県生まれ。65年日本広告写真家協会賞受賞。ビートルズ日本公演の際、主催者により日本側のカメラマンに選ばれる。DJ、映画制作なども手がけ、「気分はビートルズ」など著書も多数。

このインタビュー企画は本紙東京版の連載を加筆・再構成したものです。

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