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どらくスペシャル

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1968年メキシコ大会


陸上競技
マラソン

君原、念願の「銀」 王者アベベ沈む


写真
2着でゴールインする君原健二

メキシコ大会第9日の20日、陸上競技の最後を飾るマラソンで、エチオピアのマモ・ウォルデが優勝、日本の君原健二も健闘、よく2着に食い込んで宿願の日の丸を上げた。

マラソンは20日午後3時(日本時間21日午前6時)にメキシコ市の憲法広場を72選手がスタート、陸上競技場までの42.195キロのコースで行われた。2300メートルの高地。日差しは強く、30度の炎天下で苦しいレースとなったが、マモの健脚はさえて31キロ付近から他を全く寄せ付けず独走、ゆうゆうとゴールイン。スタンドをうめた8万の大観衆は熱狂した。

日本はベテラン君原がよく走って待望の銀メダルを獲得。陸上競技初の日の丸を上げ、期待にこたえた。五輪史上初の3連勝をめざしたアベベは振わず途中棄権した。

    ◇

レースはかなりゆっくりしたペースで始まった。初めの5キロ、16分を過ぎてもだれも現れない。貞永コーチが「予想以上に遅い。これは日本向きだ」と叫ぶ。そのあたりから日本に運が開けた。だが高原の太陽はカッと照りつけ、各選手はたちまち汗まみれであえぎあえぎ、誠に激しい戦いになった。初め快調に飛ばしたアベベも20キロを待たず、16キロ付近で歩いてしまった。「アベベが歩いた」記者団からの驚きと失望の声が飛ぶ。神秘の男、アベベはついに敗れ去ったのだ。

(1968年10月20日)
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