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どらくスペシャル

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1968年メキシコ大会


バレーボール
女子バレー

日本、敗れて銀 ソ連の強打に手が出ず


写真
ソ連のエース、ルイスカリ(向こう側)にスパイクを決められる日本=1968年10月26日

全勝同士、宿命の対決として注目された日本―ソ連の女子バレーは、ワザの日本が力のソ連に終始押され、3-1で敗れ、ソ連は東京大会の雪辱を果たした。

     ◇

午後8時ちょっと前だった。生沼の放ったスパイクは、ソ連コートのエンドラインを割って遠くころがっていった。この瞬間、コートの中にワッとソ連人が飛び出し、胴上げが始まった。狂喜する選手たちを、敗れた日本の12人はコートのはしに整列してぼう然とながめた。

中央にソ連、右側に日本、左側に3位ポーランド。表彰台にのぼる高山の足が、いかにも重たげだった。後ろに並ぶ11人は、まるで彫像のように身動きしなかった。約20分間の試練だった。ソ連国歌が鳴り、3本の国旗が揚がる間も、高山の視線は斜め下方の一点にこらされたままだった。左手のこぶしを、何度も堅くにぎり直していた。

退場行進の時、場内のあちこちから日の丸がふられた。「よくやったぞ」と声が飛んだ。が、だれも手を振らなかった。みんな客席の視線を避けるようにうつむいて退場した。首にかけた銀メダルが、いかにも重たげだった。

(1968年10月26日)
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