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1972年ミュンヘン大会


1972年のニュース

沖縄復帰 「本土並み」生活一斉に 物価高に不安も


写真
本土復帰を前にした沖縄では、早々とデパートに「円」が陳列された。「円って重みがないねえ」が大方の感想。使いなれたドルへの郷愁がこめられている

祖国に復帰した沖縄は15日、記念式典が開かれて27年間の異民族支配に別れを告げ、日本国民としての権利回復を確認して「新生の歩み」をはじめた。町には「円」が流通し始め、那覇空港では日本側のコントロールに従って飛行機が離着陸するようになり、本土とはパスポート不要の交流が始まった。

沖縄が返ってきた。15日午前零時、南の島にサイレンと汽笛が鳴り渡った。その朝、沖縄は思いのほか平静を装っていた。官公庁や会社、商店街の一部にこそ、日章旗が林立し「沖縄県」の文字がまばゆいが、一歩中へ立ち入ると、どこにもお祝いムードはない。各所で組合旗がひるがえり、マチグァ(市場)は先行き不安に脅えている。そして街並みにはりだされた、復帰歓迎派と抗議派の、おびたたしいビラ、ビラ、ビラ――。東京でも祝賀式典と反対デモと。雨もよいの沖縄県スタートだった。

離島の役場で、郵便局で、町なかの銀行で――15日朝から沖縄各地で円・ドル交換が始まった。ドルをにぎって集まる人たち。初めての円を手にして戸惑った表情が強い。「20日まではドルで買物をした方が得。交換はそれからだ」という人たちも多いという。交換業務に当たる行員や郵便局員も慣れぬ手つきで換算表と首っぴき。きょうからいよいよ円が主役。円を手にした沖縄の人たちにも本土復帰の実感がわいてきたようだ。しかし、汗水流して得た金が1ドル当り55円も価値を下げたうえ、物価は天井知らずのあがりよう。住民たちの表情は喜びと不安の影が交錯している。

30ドルを交換した那覇市内の主婦(35)は「1ドル=305円でかえると損したような気がするので、ドルを使える間はドルで買いものをするつもりだったのです。タクシーに乗ったらメーターは50セントなのに60セント請求されました。いろんなものがあがったようですね。円は本土で2、3日使いましたがなじめないわ。円って顔ばかり大きくて値打ちないと思います」と、手きびしい。

(1972年5月15日)

  ※72年5月15日付の朝日新聞夕刊ほかの記事をもとにしました。

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