朝日新聞がビートルズ世代に贈る、こだわりエンターテインメントサイト

メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ホーム設定

Special Contents ひと

  • インタビュー
  • フロントランナー
  • トップ
  • 地球発
  • マネー
  • ライフスタイル
  • 極める
  • からだプラス
  • エンタメ

記事を印刷

どらくスペシャル

あのときの五輪
  • あのときの五輪トップへ
  • ミュンヘン大会トップへ

1972年ミュンヘン大会


1972年のニュース

札幌五輪開催 70メートルジャンプで日本勢が金銀銅を独占


写真
70メートル級ジャンプで冬季五輪日本初の金メダルを獲得した笠谷幸生選手(45番)。報道陣の人垣の中で宿敵モルク選手(ノルウェー)が肩車で祝福

第11回冬季五輪札幌大会第4日目の70メートル級ジャンプで、日本が3位までを独占するという大勝利をおさめた。優勝笠谷幸生、2位金野昭次、3位青地清二。日本が最も恐れていたモルク(ノルウェー)は4位。5位は前回大会でこの種目優勝のラスカ(チェコ)、6位はフォルトナ(ポーランド)だった。日本が過去の冬季大会で得たメダルは、1956年コルチナ・ダンベッツオ大会で猪谷千春がとった「銀」だけ。

    ◇

想像もできなかった三つの日の丸があがっていく。メダルをかけた胸をはり、国旗をじっとみつめ、「君が代」に聞き入る笠谷、金野、青地。いつの五輪でも、ある程度期待された日本ジャンプ陣だが、入賞したことすらなかった。空前の快挙。

競技が始まり、金野、青地が飛んでいく。「ウォー」という歓声。80メートルラインを越えるごとに、「いった、いった」と拍手がわく。

やがて45番の笠谷。だれもが長さ103メートルの助走路の一点を見つめた。助走路のずっと上方、空との境のあたりから、豆粒ほどの人影がすべり出た。弾丸のようにくだって来る。小さく、小さく丸めた五体。踏切台のかげに姿が消えたと思った瞬間、赤いユニホーム姿が飛鳥のように空に舞い上がった。

勝負を決める2回目。ランディングバーンの固められた雪が金属のように光った。金野、青地は前回に続き好調だった。が、1回目が不調だったとはいえ、やはり笠谷にとっては、彼の直前に飛ぶモルクが不気味だったろう。しかし、モルクの「一発」も起死回生のものではなかった。特別席のノルウェー応援席からため息がもれた。

次に再び笠谷。とび終わったモルクは、アウトランのわきから宿敵の姿をくい入るように見た。が、笠谷は2回目もあざやかなジャンプを見せた。すべてが、ここで決まった。滑走しながら両手をあげ、手をたたく笠谷。笑っていた。この日初めて見せた笑いだった。ほおが紅潮していた。

笠谷を真ん中に青地、金野、藤沢がインタビュー台に上がった。笠谷はぎゅっとくちびるをかみ、下を向く。こみ上げる喜びの涙をこらえるが、それはあふれた。4人は高く手をとり合い、前後左右の観衆にあいさつした。

(1972年2月6日)

  ※72年2月7日付の朝日新聞朝刊ほかの記事をもとにしました。

前の記事へ 次の記事へ

画面トップへ

※当サイトの推奨ブラウザは、Windows Internet Explorer6.0以上、Netscape7.0以上、Firefox 1.0以上、Macintosh Safari 1.0以上となります。
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
どらくに掲載の記事・写真の無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。

©朝日新聞社
無断複製転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。