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1976年モントリオール大会


1976年のニュース

初出場の桜美林が優勝 60年ぶり東京勢 夏の甲子園


写真
桜美林ナインたちは歓声をあげて松本投手を肩車した。そのそばをベンチに帰るPL学園の選手が通り過ぎる

リードされたら追い抜く。逆転されたら追いつく。行きづまるような延長戦の末、深紅の大優勝旗は実に60年ぶりに東京へ。第58回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高校野球連盟主催)の決勝戦、PL学園(大阪)と桜美林(西東京)の「東西対決」は、延長11回、桜美林が長打で待望の決勝点を挙げ、地元PLを4対3で振り切り、初出場で初優勝の栄冠をかちとった。桜美林は創部21年目。東京勢としては大正5年の第2回大会、慶応普通部の優勝以来。

初出場校が優勝したのは、第53回大会(71年)の桐蔭学園(神奈川)以来5年ぶり。大会史上通算13度目。銚子商、習志野(ともに千葉)に続いて、3年連続して関東勢が優勝旗を持ち帰ったのは、大会史上初めてのこと。

観衆5万6千人の見守るなか、PL先行でプレーボール。1回、桜美林が1点を先制すれば、PLは4回、長短打、敵失で一気に3点を入れて逆転。しかし、桜美林は7回同点に追いつき、延長11回、菊池のサヨナラ二塁打で勝負を決めた。

「全国一です」と話すのは、桜美林の松本投手。その声は喜びにふるえている。「絶対に相手の中村君には負けたくなかった。苦しかったのは10回だった。でも勝てて良かった。最高の気分です」。4回、3点を失ったとき、浜田監督は松本投手に向かって「もう点をやるな。必ず取り返してやるから」と気合いを入れたそうだ。「その言葉を信じて投げた。11回、本田が生還したときは、やった、と思わず飛び上がってしまった」と一気に話した。

(1976年8月21日)

  ※76年8月22日付の朝日新聞朝刊の記事をもとにしました。
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