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マラソン
マラソン

チェルピンスキー(東ドイツ)連覇


陸上競技ではマラソンが午後5時16分(日本時間同夜11時16分)、37カ国、72選手がレーニン中央競技場を一斉にスタート。前半は地元ソ連の新鋭コトフやメキシコのゴメスがトップをうかがいながら、ややスローペースで進んだが、終盤の勝負どころで東ドイツのワルデマル・チェルピンスキーが抜け出し、2時間11分3秒で、前回のモントリオール大会についで2連勝した。五輪のマラソン2連勝はアべべ(エチオピア)のローマ、東京大会につぐ2人目。

冷静、計算通りのレース

アべべ・ビキラ(エチオピア)以外、だれもやったことのなかったオリンピックでのマラソン2連勝を、東ドイツの学生、ワルデマル・チェルピンスキーがやってのけた。モントリオールで優勝したあと、目立った戦績を残していなかったが「モスクワ目指して満を持して練習を重ねてきたかいがあった」と静かに喜びを語った。チェルピンスキーは閉会式の3日、30歳の誕生日を迎える。

マラソン・コースは、レーニン中央競技場を出るとすぐモスクワ川左岸の河岸通りを川下へ走り、赤の広場の南端にある聖ワシリー寺院の前で川を渡る。対岸に出ると今度は川上へさかのぼり、野外劇場や観覧車のある文化公園の中の森陰のゆるい上り坂を通って、キエフ行きの列車が出るキエフ駅の折り返し点へ。繁華な通りを避けた、樹木の多い静かなコースではあるが、ランナーにとっては、いつも川岸のコンクリート護岸を見ながら走る、変化に乏しいコースだ。

チェルピンスキーはこの単調なコースを、これまで4年間そうしてきたようにじっくりと、満を持して走った。復路の半ばを過ぎ、再びモスクワ川橋を渡るまで、トップはコトフ(ソ連)だったり、ゴメス(メキシコ)だったり、何人か入れかわったが、チェルピンスキーは常に第二グループの中にいた。しかし、35キロ付近でトップに立つと次第に差を広げ、そのまま後ろを振り返ることもなしに力強い足取りでゴールインした。

百メートルほど遅れて2位に入ったネイブール(オランダ)が駆け寄り、2人で手を挙げてグラウンドをもと来た方向に1周した。遅れて入ってくる選手たちより、ずっと元気そうだった。「初めから35キロすぎにスパートしようと思っていた」というチェルピンスキーの、冷静な、計算通りのレース運びだった。

チェルピンスキーは「モントリオールのあと、モスクワのために3年間準備した。勝因は、毎日、長い距離を走り続けたことだと思う。しかし、私は物心ついたときから走っていたし、ハードトレーニングも大好きだ」と、静かな口ぶりながら自信たっぷりに話した。

マラソン世界歴代ベスト10
時間 分 秒優勝者(国)
692.08.33.6クレイトン(豪)
802.09.01ネイブール(オランダ)
782.09.05宗 茂(日)
742.09.12.2トンプソン(英)
752.09.27ロジャース(米)
702.09.28ヒル(英)
762.09.55チェルピンスキー(東ドイツ)
792.10.00スメ(ベルギー)
752.10.08.4ドレイトン(カナダ)
792.10.12瀬古(日)
(1980年8月2日)
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