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先月31日から狭心症のため東京・虎の門病院に入院していた大平首相は6月12日午前5時54分、心筋梗塞(こうそく)による急性心不全のため同病院で死去した。70歳。現職の首相が死去したのは戦後初めて。しかも衆参両院の選挙戦が行われている最中であり、石油、インフレなど国際的にもまた国内的にも激動と不安が進行する中で首相を失うという、かつてない事態を迎えた。首相の生前の意思により、11日付で伊東官房長官が首相臨時代理に指名された。政府は12日午後5時から臨時閣議を開き、憲法70条に基づき、いったん内閣総辞職、直ちに現陣容のまま、衆議院選挙後の特別国会の指名を経て、新首相が任命されるまでの間内閣の職務を遂行する(憲法71条)。大平首相(総裁)の死去は、一党支配の断崖(だんがい)に立たされてダブル選挙を戦っている自民党に大きな衝撃を与え、同党は深刻な危機感に包まれた。
同党は同日午前、緊急役員会、首脳会議を開き、結束強化によって選挙戦を乗り切る態勢固めを確認した。政局はすでに大平首相の入院長期化、主要先進国首脳会議(ベネチア・サミット)欠席を織り込んで、選挙後の「大平退陣」−後継問題へ目を転じてきており、そこには大平首相の健康など不確定要素もからんで様々な思惑がからむ動きを示していた。
しかし、突然の首相死去で事態は一段と複雑化、「暫定」か「本格後継」かを含め後継問題が最大の焦点となった。自民党内は極度の緊迫状態にある。一方、野党側は一斉に哀悼の談話を発表しながらも、これによって政府・自民党の混迷はさらに深まるとみて、衆参同日選挙に全力を傾ける構えだ。もちろん、首相の死が選挙結果にどのような影響を及ぼすかは即断できないが、こうした予期しない要素をからめて自民党が敗北すれば野党との連立政権問題も現実化するわけで、首相の死去は80年代前半の政治動向に新たな変動要因を加えている。





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