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バレーボール
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ソ連、東ドイツ下し優勝


写真
女子バレー決勝 東ドイツを破り抱きあって喜ぶソ連選手たち

第22回オリンピック・モスクワ大会第11日は、メインイベントの陸上競技は中休みでレスリング、柔道、バレーボール、ヨットなど13競技が行われ、10競技でメダルが決まった。

ソ連  3- 1 東ドイツ
15-12
11-15
15-13
15- 7

バレーボール女子はソ連が東ドイツを下して、ミュンヘン五輪(1972年)以来8年ぶり(3度目)の金メダルを獲得。

柔道78キロ級では21歳の体育学生ショタ・ハバレリ(ソ連)が優勝して、柔道で不振のソ連に初めて金メダルをもたらした。

大会もあと5日となったが、ソ連勢の”メダル狩り”はとどまることをしらない。重量挙げ110キロ級でレオニド・タラネンコが世界新を二つを出して制覇したほか、レスリングのフリースタイル62キロ、90キロ2階級に優勝、馬術の大賞典障害飛越団体、ハンドボール女子、水球、フェンシングのサーブル(男子)団体、ヨットのスター級でもそれぞれ金メダル。この日、ソ連は一気に金メダル10個を取り、大会通算56個で早くも五輪史上2位タイの記録となった。

「日本なら勝てた」女子バレー小島監督 凡戦の決勝に失望

女子バレーボール決勝のソ連−東ドイツを、館内最上段の一般席から双眼鏡片手に観戦する日本人がいた。”幻の選手団”の一人である全日本女子チームの小島孝治監督。日本の選手たちはいまでも、出場すれば優勝できた、と信じている。あきらめさせるには、ソ連などが本当に強かったと説明してやるのが一番。「だから、観戦に来たんです。選手たちにあきらめてもらう材料探しに……」

しかし、試合内容は、小島監督にとって実に腹立たしいものだった。「これはオリンピックじゃない。ヨーロッパ選手権だ」。スコアの上では一進一退を繰り返したが、確かに中身の乏しい迫力のない試合。ソ連がセットカウント1-1の第3セット、7-13から逆転して優勝へ突っ走ったが、同監督は「ソ連は5月に来日した時と比べて何の進歩もしていない。史上で一番弱いチームじゃないか」と吐きすてた。

小島監督は1970年の世界選手権と、1972年のミュンヘン五輪でソ連に破れた苦い経験がある。だが、今度は5月の日ソ対抗戦を4勝1敗と勝ち越して自信を持ち、信条とする”守りのバレー”で勝てると踏んでいた。もし、個別参加の道が開けていたとしたら、それが実現したに違いない、と確信したようだ。

最近の世界女子バレーの大型化は、めざましい。優勝したソ連は177センチ、2位の東ドイツは180センチ。しかし、全日本は小さいといっても173センチある。まだこれぐらいの差なら、拾って拾って拾いまくるバレーなら勝てる。小島監督はうつろな目で表彰式を見つめながらポツリと言った。「日本へ帰ったら選手たちに言ってやります。おまえたちが出ていたら、勝っていたろうって」

(1980年7月30日)
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