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悲願実って山下「金」 全試合を一本勝ち


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無差別級で優勝、金メダルを獲得した山下泰裕=1984年8月11日

世界のヤマシタが、ただひとつ取り残していたタイトル「五輪金メダル」を獲得した。大会15日目の11日、柔道無差別級に出場した日本の山下泰裕五段(東海大教、27歳)は、右足ふくらはぎの肉離れにもめげず、4試合をすべて一本勝ち。堂々の優勝を果たした。柔道の本家、日本だが、オリンピックの無差別級で優勝したのは、1976年モントリオール大会の上村春樹に次いで2人目。4年前のモスクワ五輪では「幻の代表」に終わった山下だが、その時の無念の涙はロサンゼルスで、感涙となった。

山下のスタートは好調だった。1回戦、最初から逃げ腰のコーリー(セネガル)を試合開始27秒で、あっさりと大内返しで破った。前日の95キロ超級で、斎藤仁が日本に柔道3個目の金メダルをもたらしたとはいえ、目標の「全員メダル、5個以上の金(全8種目)」には遠い成績で、沈滞ムードだった柔道ニッポン。そんな雰囲気を山下が晴らしてくれることを願った日本チームにとって、山下の初戦一本勝ちは、期待感をいっそう募らせた。

しかし、好事魔多し、といおうか。2回戦のシュナーベル(西独)戦で、優勢に試合を進めているうちに、右足ふくらはぎを痛めた。肝心の軸足だ。なんとか送り襟絞めを決めてベスト4へ歩を進めたが、準決勝は足を引きずっての試合となった。

ここから山下は、真骨頂を発揮した。「柔道で一番大切なのは闘争心」との信念通り、準決勝戦は、あえて痛めた右足を軸にして、左の大内刈りから横四方固めの合わせ技で倒し、決勝も140キロの巨漢、ラシュワン(エジプト)を1分5秒、横四方固めで下した。

優勝を決めた瞬間、山下は両手を突き上げ、ガッツポーズをみせた。常日ごろ礼を貴び、相手の立場を考えて、試合後に喜怒哀楽をあらわにしたことのない山下には珍しい喜びようだった。日本中の期待と4年間の苦闘から、山下はやっと解放された。そして「山下時代」は完全無欠のものとなった。

(1984年8月11日)
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