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1988年ソウル大会


1988年のニュース

瀬戸大橋が開通


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本四連絡橋児島・坂出ルートの式典は橋脚の島、与島で皇太子殿下夫妻の臨席のもと行われた。あいさつするのは竹下登首相

着工から9年6カ月、1兆1300億円の巨費を投じて完成した世界最長の道路・鉄道併用橋、瀬戸大橋(本州四国連絡橋児島−坂出ルート)が4月10日、開通した。1万年前まで陸続きだった本州と四国間を今また1つにつないだライトグレーの「海の道」。3月には青函トンネルが開業しており、これで鉄路による「列島連結」が完成したことになる。この日、竹下首相らも出席して橋脚の島、与島で開通式が催された。笑顔を満載した列車と車が海峡の新しい動脈を走った。

       

開通行事は、青い空と海が広がる快晴の橋上で行われた。テープカット、渡り初めは午前8時過ぎ、岡山・早島、香川・坂出両インタ、続いて瀬戸大橋6橋の両端にあたる下津井、南備讃両瀬戸大橋上であった。約4千個の風船が舞い上がり、花火が次々に祝福の号砲を響かせた。渡り初めパレードの先頭バスには親子孫の3代夫婦計39組が乗車した。

開通式は午前10時半から、与島パーキングエリアに皇太子ご夫妻をお迎えし、閣僚、政府・本四公団関係者、地元代表ら約8百人が出席して催された。皇太子殿下が「瀬戸大橋の開通が、関係する地域の発展と人々の生活に豊かな幸せをもたらすことを望みます。工事中、不幸にも亡くなられた人々に対し、深く哀悼の意を表します」とお言葉を述べられた。また、竹下首相は「4つの島々が陸続きとなったことは歴史的にも地理的にも世界に類をみない快挙」と祝った。

一般車に開放される午後4時、各インタで列を作って待ちかねていたマイカーや観光バスなどが乗り入れ、間もなく橋上は車で埋まった。80キロの制限速度に対し、一時は30−50キロと、ノロノロ運転となった。

これに先立ち、午前4時38分、高松駅から一番列車が対岸の岡山に向けてスタート。9両編成の快速電車マリンライナーには前夜から並んだ約800人が乗り込んで半数近くは座れないほどだった。

本四連絡橋児島−坂出ルートは幅9.4キロの備讃瀬戸をひとまたぎし、岡山県・倉敷市と香川県・坂出市を結ぶ。延長37.3キロの瀬戸中央自動車道と31キロのJR本四備讃線からなり、海峡部分13.1キロは道路・鉄道併用橋。3つのつり橋、2つの斜張橋、1つのトラス橋で海を渡る。

これまで連絡船で1時間かかった本・四間の往来が、これからは車で約10分、列車なら5、6分と大幅に短縮される。半面、関西経済圏に四国がのみ込まれる「ストロー効果」も心配されている。離島ゆえにはぐくまれてきた四国独特の文化や生活様式が個性を失わないかとの危ぐなど、積み残された課題も少なくない。

(1988年04月11日)
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