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1988年ソウル大会


競泳
競泳

鈴木大地、日本に初の「金」 水泳で16年ぶり


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男子百メートル背泳ぎ決勝で金メダルを獲得、手をつき上げて喜ぶ鈴木大地

第24回ソウル五輪、第8日の9月24日、競泳男子百メートル背泳ぎで鈴木大地(順大)が、55秒05の日本新で優勝、日本に今大会初の金メダルをもたらした。日本水泳陣の金メダルは1972年ミュンヘン五輪の男子百メートル平泳ぎの田口信教、女子百メートルバタフライの青木まゆみ以来16年ぶり。

鈴木は75メートル過ぎまで、世界記録保持者のデビッド・バーコフ(米)に体半分遅れていたが、ここから目ざましいハイピッチで追い上げ、タッチの差で勝利をにぎった。2位はバーコフ、3位にはイーゴリ・ポリャンスキー(ソ連)が入った。鈴木の記録は、自身の持つ日本記録を0秒86短縮、今年6月に出した未公認記録の55秒32も更新した。

◇    ◇    ◇

「うれしいにきまってます」。ソウル五輪の水泳百メートル背泳ぎで24日、日本新記録で世界一となり、日本初の金メダルをとった鈴木大地選手(21)は、軽くそう言って笑った。ラストの十メートル、銀色の帽子がグイグイ伸び、日本水泳界にとってミュンヘン以来16年ぶりの大きな勝利をつかんだ。表彰台に足を開いて立ち、淡々と日の丸をみつめる。若さ輝く、涙なしの栄冠だった。

ラスト25メートルは、横一線のデッドヒートとなった。逃げる米国のバーコフ、追う鈴木選手、そしてポリャンスキー(ソ連)。ほとんど同時にゴールになだれ込んだ。「勝ったのはだれだ」。場内の視線が電光掲示板に集まる。「1」の数字は3コース・鈴木選手の横についた。

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金メダルを獲得、喜びを全身で表現する鈴木

鈴木選手は、自分でも信じられない、といった表情で電光掲示板を見つめる。近眼のため、両手で両目を何度もつりあげて確かめる。そして、コースロープに背中を乗せると、両手、両足を突き出して「金」の喜びを体いっぱいに表した。国際大会で顔を合わせているテュークスバリー(カナダ)とホフマイスター(西ドイツ)が寄って来て予想外のヒーロー誕生を祝福。

「メダルを、どんと一発」(6月の五輪選考会後)、「ユニバーシアードではバーコフに勝ってるし、同じコースならぼくもそのくらいで泳げる」(バーコフ世界新のニュースを聞いて)、「決勝のバーコフのタイムは、きっと予選より遅くなる。ぼくは午前よりずっと速く泳ぐ」(百メートル予選終了後)。鈴木選手は強気の発言を続けてきた。「ラッパを吹いて自分を追い込まないとやらない性格ですから」。有言実行のスイマーは、ここ一番のビッグレースに強かった。

試合後の記者会見で鈴木選手は言った。「3番じゃ負け。1番しかない。いちかばちかの勝負にかけた」。思い切って潜水スタートの距離を延ばしたのだ。「世界新を出したバーコフはプレッシャーに弱い。危険なかけだが、ゆさぶれば勝てると思った」。冷静な計算が、レースの裏にはあった。「記録はいつでも出せるが、五輪は4年に一度しか勝てない。勝つことだけが目的だった」

昼間、テレビでベン・ジョンソンとカール・ルイスの対決を見た。「夜は自分がやるぞ」とぞくぞくしたという。

だが、「まだ1位になったとは信じられません。ラッキーです」。

一昨年、突然腰痛で2カ月間寝た切りになったが、病気を克服、妥協のない練習で世界一の座をもぎとった。

(1988年9月25日)
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