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陸上競技
有森、マラソンで銀 代表選考バネに |
バルセロナ五輪第8日は、陸上女子マラソンで有森裕子(リクルート)が快走。2時間32分49秒で2位に入った。日本の女子が陸上でメダルを獲得したのは、1928年のアムステルダム大会800メートル2位の人見絹枝以来、64年ぶり史上2人目。
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意地で取った銀メダル。代表選考の際に、本人とは関係ない部分で、大論議が巻き起こった。日本陸連が夏の世界選手権で4位に入った有森の実績をとるか、初マラソンで2位ながら有森の日本最高記録を破った松野(ニコニコドー)を選ぶか。結論が出た直後の4月から、騒動を避けるように、米国のボルダーで高地合宿を張った。
集団から抜け出し、先行するエゴロワを追い始めたのは、30キロ手前から。差は1分25秒もあった。しっかりと、前方ただ一点を見つめる。顔が引き締まり、強い意志を感じさせる。レースはコロンブスの塔を右折し、パラレル通りに入るとぐっと緊張感を増した。一気に差が詰まる。36キロ付近で並んだ。
「一気に抜きたかった。でも自分も疲れてしまった」。追いついたところでスパートされると、つらい。小刻みな揺さぶりを掛け合い、粘り合って最後の勝負どころ、モンジュイックの丘へと向かった。エゴロワは「有森が来ても、自信があった」。有森の方は「並ぶのが精いっぱいでした」。そんな思惑で、約2キロの間に66メートル上がる難所でデッドヒートを演じるには、並はずれた強い意志が必要だ。
走り終えた有森は、「選考のことがあったから、今の私があったと思います」と言った。90年1月、初マラソン日本最高。91年1月、2時間28分1秒の日本最高をマーク。同8月、世界選手権4位、そして92年8月1日、日本女子の五輪陸上史上、2つ目の銀メダル。
小出監督は「運のいい子ですねえ」とつぶやいた。でも、運は、自分で呼び込む努力をつづけなくては、やってはこない。
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